22 May 2019

「スペインあたり その12 セビリア近郊」・・・・・さすさら


56日(月)の朝10時過ぎ。

   426日に日本を出発して、早11日目なのだ。

   セビリアでは散髪はできなかったので、心残りなのだが、

   ホテルをチェックアウトなのだ。

 

いつものように、地下の駐車場で、スーツケースなどを

   積み込んで、出発するのだ。

 

セビリアのグアダルキビル川を見ながら!

   近郊をドライブするのだ。

 

セビリアの中心部から12㎞程南にある街へ。

 

1140分に到着。馬車のマークがあるのだ。

 

コリア・デル・リオ。人口3万人の町に、日本を意味する

   ハポンの名字の人が600人ほど住んでおり、彼らは

   日本人の血を引いているのだ。

 

公園の入り口には、こんなのが。

 

なんと、鳥居があるのだ。 

 

仙台藩主伊達政宗の命を受けて、支倉常長が率いる慶長遣欧使節が

   161310月にヨーロッパに向けて出航。1年後にスペイン南部に

   到達したのだ。

 

 

この町には日本を意味するハポンの名字の人が約600人住んでおり、

   彼らは日本人の血を引いているのだ。スペイン人にとっては

   日本語の発音が難しかったため、この地に移住した日本人が

   全員ハポン姓にしたそうな。

   我々が見学していたら、このおじさんが嬉しそうに握手してくるのだ。

   身分証明書を見せてくれたが、確かにハポンさんなのだ。

   日本人が来てくれて、よっぽど、うれしかったのだろう。

   しばらくは、歓談したのであった。スペイン語は分らなかったが…

 

こんなのも。よく読むように。

 

そうしていたら、もう一人、ハポンさんが。

   親しみを感じる街なのだ。

 

カルロス・メサ公園なのだ。 

 

支倉常長に別れを告げ、1250分ここへ。

 

セビリアから北西に9km、グアダルキビル川を見下ろす丘に

   紀元前206年にローマ帝国の植民都市として築かれたイタリカの

   遺跡があるのだ。

   なんと、月曜日は休みで、中には入れないのだ。

   係りのお兄さんに言ってみたが、ダメなのだ。

 

外から見るだけなのだ。

 

トラヤヌス帝やハドリアヌス帝が生まれた町なのだ。

 

全貌はこんな感じなのだ。

 

現在は、神殿、浴場、二つの劇場跡が残っているのだ。

 

近くにはこんなのも。

 

セビリアの街に戻って来たのだ。

 

スペイン広場なのだ。

 

華やかで、楽しそうなのだ。

 

ここで軽く昼飯なのだ。

 

こうやって、必ずイベリコ豚が置いてあるのだ。

 

 

 

 

かつてサン・テルモ宮殿の庭園の一部だった、マリア・ルイサ

   公園内にある。

 

1929年に開かれたイベロ・アメリカ博覧会の会場として

   造られたもので、建築家アニバル・ゴンザレスの作。

 

公園を囲む半円形の建物の下には、スペイン各県の特徴や

   歴史的場面をタイルで描いた58のベンチが置いてある。

 

 

スペインの別嬪さん。

 

公園の前なのだ。この両側を二手に分かれて、歩いていたら

   30分ほど、会えずに迷子になったのだ。

 

ジャカランダの花の奇麗なこと!

 

ガソリンを入れて。

 

そう、満タンにして、レンタカーを返すのだ。

 

バルセロナからセビリアまで、走行距離1624.7kmを

走ってきたのだ。

よく、文句も言わずに頑張ったのだ。

   ご苦労さん。

 

セビリア空港なのだ。忘れ物をしないのだ。

 

無事に事故もなく、車を返してホッとしているのだ。

   運転手さん、ご苦労様でした。

 

セビリアから飛行機に乗るのだ。

 

こんだけ。

 

赤ワインは旨いのだ。

 

この飛行機なのだ。

 

 

スペインで最後の町、マドリッドへ向かうのだ。

 

次回で最終回なのだ。

もう少し、お付き合いのほどを。