22 June 2014

五島訪問 最終 福江島

この日は6時間ほどかけて福江島見物をしました。

福江島 観光地図


福江から玉之浦まで内陸を走り、
大宝寺から時計回りに島を一周するコースです。


大宝寺

大宝寺は701年に唐の僧により建立され
その後持統天皇により勅願寺とされた大変古いお寺です。

その後、遣唐使に随行し唐へ留学していた空海
806年の帰朝時にこの寺に逗留した際
 真言宗に改宗されたと伝えられています。



弘法大師の像



お寺の奥には、高野山の奥の院に見立てた小径が続いていました。




井持浦教会
現建物1988(昭和63)年建立

1897(明治30)年創立の教会は
台風により倒壊し、1988年に建て替えられました。






庭の一角に日本で最初に造られたルルドがありました。1899(明治32)年造営)

1858年、南フランスのルルドの洞穴に聖母マリアが現れ、
その聖水で人々の病を癒したという奇跡の泉を模したものです。

造営の際にはルルドの聖水が日本に運ばれ、注ぎ入れられたそうです。



新しい煉瓦造りの美しい教会です。




大瀬崎灯台

大瀬崎灯台は九州本土最西端に位置し、東シナ海の荒海に面しています。
航行する船舶や漁船の安全のため、
1879(明治12)年に初点灯されました。
昭和末期までは灯台守がいましたが、現在は無人だそうです。

展望デッキへの階段を登ります。




東シナ海を広く見渡せる山の上に出ました。



大瀬崎灯台は遥か下の、突き出した崖の上に立っていました。
台座までは海抜80mの高さがあるそうです。




ズームしてみると、灯台へ続く道が見えました。



上の展望デッキからの眺めです。
さらに灯台に接近し、高さが増して
断崖はますます深く、海は蒼く、絶景でした。








玉之浦湾

付近の玉之浦湾はリアス式海岸で
海が入り組んだ美しい景色を展開してくれました。







高浜海水浴場

海岸線に沿って走り、高浜海水浴場(高浜ビーチ)に出ました。
遠浅の白砂と青く澄んだ海です。
上五島の蛤浜海水浴場よりもスケールが大きい浜辺です。



こんな浜辺がまだあったんですね。



近くの魚籃観音展望台へ移動中です。



魚籃観音展望台から見た
高浜海水浴場(左)と頓泊(とんとまり)海水浴場(右)です。
海から突き出しているのは溶岩です。



しばらく見とれていました。




*****


空海記念碑

島の北西の三井楽(みいらく)にある柏崎の海岸です。
ここは遣唐使船が最後の風待ちをした所で
804年に空海もここから唐へ船出しました。

702〜838年までの間、遣唐使船はそれまでの
朝鮮半島沿岸を経由する北ルートを変更し、
五島から東シナ海を横断する南ルートを採っていたのです。



近くに空海の像と、「辞本涯」の石碑が立っていました。
「辞本涯」は空海が書物に書いた言葉で、
「日本の最果ての地を去る」という意味だそうです。




遣唐使ふるさと館

この辺で唯一のサービスエリアです。
地元の婦人会の皆さんによるバイキングの昼食でした。
アゴ出しの細い五島うどんが美味しかったです。

参考画像 http://www.mapple.net/spots/G04201161101.htm


*****


水ノ浦教会(鉄川与助(59歳)設計・施工)
現建物1938(昭和13)年建立

岐宿(きしゅく)の水ノ浦教会にやって来ました。
「ロマネスク、ゴシック、和風建築が融合した白亜の木造教会」
と説明された、鉄川与助による設計施工でした。
正面の屋根に沿ったレースのような飾りや、入口の曲線の美しい意匠に感心しました。



淡いイメージのこうもり天井と
濃い木のインテリアとの取り合わせが素敵でした。




こちらにもルルドが造られていました。






楠原教会(鉄川与助(33歳)設計施工)
現建物1912(明治45)年建立

楠原は山間部にあり、山道を走りました。
江戸時代に大村藩から入植した隠れキリシタンの子孫たちが建てた教会で、
既に野首教会、堂崎教会、青砂ヶ浦教会と、3つの赤煉瓦の教会を手がけていた
鉄川与助の設計施工による建物です。




落ち着いた味わいの聖堂です。



すっきり洗練されたステンドグラスでした。









堂崎教会(野原与吉施工)
現建物1908(明治41)年建立


堂崎教会はフランス人神父が設計し、
施工は野原与吉棟梁で、野原の下で修行中だった鉄川与助も建設に参加しています。

教会の創立は明治13年と福江島では一番古く
布教活動の拠点として重要な役割を果たしました。



奥に入ると教会は昔の船着き場跡に向かって立っていました。
船でミサに集まる信者達を迎えていたのでしょう。




堂崎教会の前の船着き場に小舟を着ける信者達。
ー古い写真よりー

参考画像


重厚な聖堂内部は、五島のカトリック教会の歴史を表す資料館も兼ねていました。





今回の旅行で見た五島の主要な教会のかなりの数が
鉄川与助の手がけたものでした。
高名な棟梁と聞いていましたが、やはり素晴らしい建物ばかりでした。
(彼の追っかけのようなレポートになりましたが・・・。)
上五島の4代続いた棟梁の家に生まれて
自身は97歳の生涯を仏教徒で過ごしたということです。




*****


このあと午後の便で福岡へ発ちました。






こうして無事に五島を跡にしました。
正味3日足らずの駆け足旅行でした。

以上のように教会が多すぎて、レポートも羅列に終わった感がありますが
それほど小さな島々に数多く建てられたという歴史を認識できました。
結局訪れた教会は、
上五島(若松島、中通島)は29ある教会のうち12カ所、
下五島(福江島、久賀島、奈留島)は21のうち6カ所、
小値賀町の旧野首教会を入れて全部で19カ所でした。


そしてまだまだ美しい変化に富んだ自然があることを知ったのも収穫でした。

初めての五島訪問、
最後までおつきあい頂き有り難うございました。

ー終りー