17 June 2014



五島訪問(5)野崎島


夜半からの雨は止んだものの、朝から強風が吹いていました。
野崎島への航行は大丈夫でしょうか。
ホテルのスタッフの方は、「ここは山の上ですから風が強いんですよ」とのんきそう。
でも沖合には波があるようです。





朝食に行くと焼きたてのパンが並んでいい香りがしています。



朝のレストランはこんな雰囲気です。新鮮な食材が並びます。


予約していた「津和崎丸」の船長の山口さんが、朝早くホテルに迎えに来てくれて
「天気は全然大丈夫ですよ。これくらいなら漁にはいつも出ていますから。」とのこと。
結局予定通り、野崎島行きを決行?することになりました。

山口さんはボランテイアで教会のガイドもしています。
野崎島の教会が開くまでにまだ時間があるそうなので
港への途中にある江袋教会に寄ることにしました。


江袋教会
1882(明治15)年建立

江袋教会は約130年前に創建された、木造瓦葺き平屋建ての教会です。
使用されている木造教会では国内最古のものでしたが
惜しい事に2007年に漏電とみられる火災で焼けてしまいました。
山口さんも消防団で駆けつけたそうですが
手がつけられなかったそうです。
しかし保存されていた記録を頼りに、焼け残った建材をそのまま利用して
元の位置に戻し、2010年に再建されたのだそうです。


長い漁業の歴史を表し、錨を形取った十字架に迎えられました。
教会は海がせまる階段の上にあります。




復興成った変形寄せ棟造りの教会の屋根です。
また急斜面の狭い敷地のため、教会としては奥行きが短いそうです。

参考画像 http://kamigoto.org/church/10ebukuro/index.html


全焼から3年で蘇った教会内部です。
しかし残念ながら創立当時からの祭壇の縦長の素晴らしいステンドグラスは
失われていました。



焼失前のステンドグラスの画像をお借りしました。
年月を経た重厚な祭壇だけに惜しまれました。

参考画像 http://blogs.yahoo.co.jp/amat_aya/folder/1557854.html


新しい堂内のステンドグラスです。




*****



中通島の北端の津和崎港から旧野首教会堂のある野崎島に向かいました。
ここは1800年頃、大村藩の外海(そとめ)からのキリシタン達が入植して集落を作り
半農半漁で生計を立て、最盛期には島民650人を数えたそうですが
時代の流れと共に人口流出が続き、2001(平成13)年に無人島になりました。

野崎島と中通島は大変近いのですが
行政上は西隣の小値賀(おじか)島と同じ北松浦郡小値賀町に属しています。
現在小値賀島から町営の定期船「はまゆう」が1日2往復していますが
中通島からは海上タクシー等で渡るしかありません。



 

相変わらずお天気はあまり良くありませんが、6トンの津和崎丸で出発です。
旅客は船底に敷いたゴザに座るようになっています。
乗り込んでしまえば覚悟も決まり・・・でしたが・・・



走り出すと窓の外はこんなふうで揺れること!!



ほとんど窓枠につかまったままの航行でしたが
程なく野崎港に着き、やっと下船したところです。
静まり返っているのは、平成13年にここが無人島になったからです。



山口さんの案内で旧野首教会堂まで20分程山道を歩きます。
あちこちに風雨で朽ち果てた建物が見られました。




野首海岸に沿った道を行きます。
ここも今はイノシシと鹿が増える一方だとか。
イノシシは路肩を掘って道やガードレールを崩し
鹿は下草や若木を食べて森を枯らしているのだそうです。



目の覚めるような色の入江もありました。




旧野首教会堂(国の重要文化財 ユネスコ世界遺産暫定リスト掲載 鉄川与助(29歳)設計施工)
1908(明治41)年


広々と見渡せる所に着きました。
旧野首教会堂が谷間の小高い所に立っていました。
まわりにはかつての段々畑の跡が見られ
鹿の群れも見られました。
人間の領域はネット柵で囲まれていました。




さっそく教会堂へ!



もうすぐです。防風の石垣が築かれています。




立派な天主堂です。
依頼した信者達と請け負った鉄川与助の強い情熱が伝わって来ました。
冷水教会に次ぎ2つ目の施工で、与助にとって初めて手がけた赤煉瓦造りでした。



100年以上の潮風にも煉瓦は強いのですね。
貴重な「来た証拠」です。




旧野首教会堂は1908(明治41)年、
17戸の信者達から集められた献金により建てられました。
当時のお金で3000円とも聞いています。
食事を切り詰め、共同炊事で無駄を省いたりしたそうです。
廃村となってからは、一時期は荒れた状況にありましたが
小値賀町が巨額を投じて全面改修し、現在に至っています。

教会建築が木造から煉瓦造に移行する時期に
西洋の技術を習得して実践し、日本の風土に根付かせた過程を示す貴重な建物として
ユネスコの世界遺産暫定リストに掲載されています。

複雑なこうもり天井が張られ、列柱の彫刻も凝っています。



繊細なデザインのステンドガラスです。







そろそろ戻らなくてはなりません。
これほどの異空間に身を置く貴重な体験ができたとは・・・というのが実感でした。
日常生活では思い及ばない多くの事を考えさせてくれた野崎島でした。



帰り道、空が晴れて海の色がさらに青くなっていました。



野崎港が見えます。



野崎島の北端には、遣唐使の航海安全を祈願して
704年に創建された沖ノ神島神社(おきのこうじまじんじゃ)があり、
その背後には王位石(おえいし)と呼ばれる24mの巨石が御神体として祀られているそうです。
島を去った最後の島民となったという神主さんのお宅の横を通り津和崎港へ戻りました。




無人島となった後も、旧野首教会堂は
かつて野崎島が禁教から開放されたキリシタン達の信仰と祈りの場であった事を
まざまざと思い起こさせてくれるでしょう。



—続く—

*****

追記

天主堂から少し離れたところには廃校となった小中学校があり、
現在は小値賀町営の「自然学習塾」として管理され、
旅行者や修学旅行生の野外学習や自然学習に利用されています。
また、島への渡航は安全のため同じく町営の「おじかアイランドツーリズム」に日時を連絡し、
教会堂の見学の際は鍵を開けて頂く仕組みになっていました。