15 June 2014



五島訪問(3)中通島1

これは新上五島町(若松島と中通島)の教会の地図です。
キリスト教の解禁後、この地区に多くの教会が建てられた事がわかります。

午後は中通島南端付近の福見教会から
青砂ヶ浦教会(島の中程で幅が最も狭いあたり)まで北上し
他の教会も幾つか含めて見学しました。




福見教会
1913年(大正2)年建立

入口に立つマリア像と緑のアーチに迎えられました。



今回の旅で見た最初の赤煉瓦の教会です。



天井はアーチ型のこうもり天井リヴ・ヴォールト)ではなく、
平たく折り上げられた船底天井です。



可憐なステンドグラスが印象的です。






中ノ浦教会
1925(大正14)年建立

県道からすぐに見えました。
白くすっきりとした姿で水辺に立つ優美な教会です。



内部の祭壇部分はこうもり天井、中央は船底天井という組み合わせ。
五島に自生する赤い椿のモチーフで飾られています。



シンプルなステンドグラスも素敵です。



白い花の咲くルルドもありました。



タクシーの運転手さんが中ノ浦教会を遠望できる山の上へ連れて行ってくれました。
教会の建物が人々に与える力のようなものを感じました。




旧鯛ノ浦教会
1903(明治36)年建立

築110年を超える古い建物です。




昭和24年に正面入口に増築された鐘塔は、
長崎の浦上天主堂の被爆煉瓦で造られたそうです。



1979(昭和54)年に新聖堂が建てられた後は資料館になっています。



立派なルルドがありました。



教会に尽力した人々の像です。
どの教会にも筆舌に尽くしがたい迫害と清貧の中での信仰の記録が残されています。



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海岸通りに「龍馬ゆかりの地」の石碑がありました。
1866年4月、坂本龍馬の率いる亀山社中が長崎のグラバー商会から買った
西洋式練習帆船ワイル・ウエフ号が、長崎から鹿児島に航行中、
暴風雨に遭いこの島の潮合崎沖で沈没し、乗っていた12人が死亡しました。
龍馬はここを訪れ、墓碑を建てて供養したとの事です。



手を合わせる龍馬の像が立っていました。




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1981年に完成した頭ヶ島大を渡って対岸の頭ヶ島に向かいます。
ここは幕末までは無人島だったそうです。
車は案内をしてくれた若松タクシーです。



振り返って見る頭ヶ島大橋。




頭ヶ島天主堂 (国の重要文化財 世界遺産暫定リスト掲載 鉄川与助40歳 設計施工)
1919(大正8)年建立


ここは地元に産出する石を使用した、五島で唯一の石造りの教会です。
渋くて大変重厚です。



こちらも鉄川与助の設計施工ですが、
木造や煉瓦造りに加えて石造りもこなした力量にはあらためて感心させられました。



重い石造りのため比較的狭い内部ですが
柱を建てないで、天井を高く折り上げて空間を広く確保してありました。
白とピンクの花をあしらったブルーの天井が
柔らかい雰囲気で素敵でした。







石垣に造られたルルドです。



建設に当たっては、石の切り出しから運搬まで
信者各戸が負担したといわれています。




大曽教会(長崎県指定有形文化財 鉄川与助37歳 設計施工)
1916(大正5)年建立




内部の柱の彫刻は鉄川与助の父親で棟梁の与四郎が担当したということです。





最上部の八角形のドームは鐘塔とのことです。
建物の正面にも側面にも煉瓦の装飾が施されています。




遠くからも正面の白いキリスト像と建物をはっきりと望む事ができます。




冷水教会 (鉄川与助28歳 設計施工)
1907(明治40)年建立

こちらは鉄川与助が棟梁になり、若干28歳で初めて建てた木造教会です。





ステンドグラスにも若さを感じます。



この日は4時半の祈りの時間を告げる鐘が鳴って
信者の方々が三々五々集まって来ました。
遠慮して帰ろうとすると「中へどうぞ」と、内部を撮らせて頂きました。
本当はどこも撮影禁止だったのですが。反省しています。







青砂ヶ浦天主堂 (国の重要文化財 鉄川与助31歳 設計施工
1910(明治43)年建立


この教会は鉄川与助の31歳の作品ですが
当時来日していた神父達から学んだ西洋の技術が随所に取り入れられた
日本の教会建築史上重要な建物として国の重要文化財に指定されています。

建物正面は丸い薔薇窓と縦長アーチ窓で飾られ
入口に植物の彫刻を施した石造りのアーチがはめ込まれています。



内部は列柱の内側(主廊)と外側(側廊)に3分割されて
白い漆喰で仕上げられ
尖ったアーチを持つこうもり天井が張られているそうです。





こうした赤煉瓦とこうもり天井は
他の鉄川与助の教会建設にも数多く取り入れられています。
独特なインパクトを持つステンドグラスも重要な役割を果たしました。



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たくさんの教会を見終わって、ホテルに向かう途中の矢堅目(やがため)です。
ここは昔外敵が湾に侵入するのを監視し、弓矢で防衛する場所だったことから付いた地名です。
晴れた日の夕日を背景にした円錐の岩山のシルエットの美しさは大変有名ですが
この日はちょっと曇っていて残念でした。


このあとさらに北上し、曽根教会に近いホテルマルゲリータまで走りました。

—続く—