26 Sep. 2013

「茨城への小さな旅」  

 by Yoko

編集長さまより「みなさんも、どんどん投稿されますように」

とのお言葉がございましたので、なんだか時期はずれちゃったけど

まあ、いつものことだし、鮎といえば夏なんでしょうが、まあよいさっ

っで、書きました。

 

 

茨城(いばらきと読みます)で暮らす鮎好きの友人に誘われて

二度目の「鮎を食す会」へ行って参りました。9月7日

「食す会」と気取って申しましても、三組の夫婦でわいわいと集って

鮎を食べる、おしゃべりをする、気軽なものでございます。

 

常陸太田というところから、久慈川沿いに上って行きます。

緑が多く、川が流れ、なかなかよいドライブコースです。

一時間も車で走ると、奥久慈大子(だいご)観光やなへ到着です。

 

こんな神社があります。

 

 

久慈川のやなを、ずずっとご覧くださいませ。

 

 


 


 


 


 

この建物の中で鮎を戴きます。(ここまでは2年前の写真)

写真向かって2階右手のテーブル席、心地よい風の吹く中・・・

 

 

先ずは、鮎のお刺身。

 

 

鮎の定食。 塩焼き、フライ、甘露煮、こんにゃくも付きます。

蒟蒻もこの地の名産。

 

 

奥久慈は軍鶏でも有名な地です。

このメンバーに、鮎は好きでないのに付き合わされる憐れな女性ひとりあり

彼女は「軍鶏の玉子丼」を戴きました。私も来年は、玉子丼を食べてみたいものだわ。

 

夜は日立市へ移り、古民家改造の、こ洒落たレストランでお食事。

個室のガラス戸が綺麗でした。

 

 

 

翌日は、茨城県の北に位置する五浦(いづら)海岸へと行きました。

 

 


 

 

岡倉天心(1863〜1913) 


日本画の創始および教育、東京美術学校の創設、博物館の整備文化財保護の先駆など

目覚ましい活躍をなし、日本文化の近代化に大きく貢献した天心。

伝統と切り離されず、自然と一体となった生活のなかでこそ生まれる芸術がある。

そう考えた天心が都会を離れ移り住んだのが五浦。

天心のことを語るには外せないボストン美術館。まだ書いていないボストン美術館レポート。

まだ書く気はあるのです!いろんなことに言及しようと思うと、このレポートもいつになるか。

いつになるか、よりも今のほうがよいのであろうと、説明はこれくらいにいたします。

 

映画「岡倉天心」竹中直人主演が公開されるようで、この映画にて五浦の風景を

ご堪能いただけることでしょう。

 

 

天心が建築した六角堂は、東日本大震災の津波で流されましたが、

一年後に創建当初の姿で再建されました。

 

この写真のボード下の「津波到達点」まで津波がきました。

こんなところまで― 驚きました。

六角堂があるのは、写真左手の小道を下りていったところです。

 

 

六角堂を上から見たところ。

 

 


 


 

中はこのようになっています。



 

流されてから再建までの詳しい映像は、茨城大学五浦美術文化研究所のサイトで

復興プロジェクトの記録映像として、ご覧になれますよ。

 

天心邸

 

 


 

明治38年に天心自らの設計でこの邸宅と六角堂を建築し、翌年には、

横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山を呼び寄せ指導しました。

この地を「東洋のバルビゾン」とすべく・・・

 

 

横から見たところ

 

 

上から

 

 

この日ここに着いた時はまだ、ほかに観光客はちらほらだったのに、

観光バスが着いてあっという間にすごい人になりました。

早く写真を撮っておけばよかったのに・・・パパ!

 

しかし、観光客が多いということはよいことです。

復興の力になります。

 

さて、そろそろお昼。

さらにここから北上して福島県いわき市に入ったところで、

蟹せいろ飯を戴いて(勿来駅近く)帰途に着きました。

 

来年も「鮎 または軍鶏の玉子丼を食す会」開催予定。

なにかきっかけになるものがあると、友人に逢う機会も増えてよいものですね。