24 May 2012

韓国 初級旅 その10 宗廟

宗廟

1395年、 朝鮮王朝の始祖、李成桂(在位1393〜1398年)は
正宮となる景福宮と共に、宗廟を漢陽(ソウル)に建立し、
歴代の王と王妃の神位(位牌)を祀って、王権の宗教的な象徴とし、
儒教による統治体制を固めました。

宗廟、どんな所でしょうか、訪ねてみました。

宗廟建物配置図            参考画像

宗廟は儒教の礼法に従い、景福宮の東に建てられました。
昌徳宮の道1本隔てた南隣りにあたります。

中池塘


外大門を入ると、丸い島が浮かぶ四角い池が並んでいました。
これは「天は円く、地は方形で、両者が調和することで平穏な世になる
という古い中国の思想によるものだそうです。
島に植えられているのは松と同じく緑が美しいイブキの木です。

神路

日本語のガイドさんです。
正面の外大門から真っ直ぐに続く、この三本の石の道の
中央は祀られた歴代王の魂が通る道(神路)なので、人は通行禁止です。
そして右は王の通る道(御路)、左は皇太子が通る道(世子路)と決められていました。


斎宮 

ここは王と王子が祭祀を行なう準備をした所です。
沐浴をし、衣冠を整え、心身を清めました。


こちらは王が祭礼の準備をした御斎室と呼ばれる建物です。    参考画像
ここには御路と世子路がついてます。

御斎室の王の椅子です。
右の屏風は「宗廟親祭規制図説」という、
宗廟での主要行事に関する規則だそうです。
大変詳細に手順が決められていたようです。

典祀庁

左に見えているのは正殿の東門で、
つきあたりは祭礼の供物を用意したり
祭器、運搬用具などを保管していた典祀庁です。

典祀庁の前のこの壇の上で、生き物の供物の検査をしたそうです。

正殿(国宝)

東門は祭礼の時に祭官が出入りする門だそうです。
私達もここから入りました。

この長い正殿の中には、
太祖をはじめ歴代の王と王妃の位牌49が、
19間の神室に祀られています。

建立後、位牌が増えるに従い、何回か神室の増築を行い、
今の長さになったとの事です。
王宮と異なり、柱や軒に模様は施されず、単色となっています。

  
廟庭から見た正殿です。  
単一の木造建築物としては世界最長を誇り
その長さは何と101mと、カメラに入りきれない長さです。

この細い道も神路と呼ばれ、
正殿に祀られた魂が通る道で、南門を通って出入りします。

永寧殿

宗廟にはもうひとつ別廟があります。永寧殿です。
朝鮮初期には宗廟は正殿だけでしたが、次第に神室が足りなくなり
別廟が建てられたのです。

正殿とは屋根の形が少し違っています。
こちらは王と王妃の34の位牌が、16間の神室に祀られています。

王宮に比べると一見簡素で地味でしたが、
隅々まで行き渡った重い厳粛な空気に触れ
いかに宗廟が神聖視されて来たかを、伺い知ることが出来ました。

宗廟大祭

王朝が滅亡した後も、宗廟、祭礼、祭礼楽の三つが
欠けることなく伝承されている点が評価され、
宗廟は1995年にユネスコ世界文化遺産に、

また、祭礼と祭礼楽は2001年にユネスコ無形文化遺産に
登録されています。

現在は王の末裔にあたる全州李氏に祭祀が引き継がれ
毎年五月の第一日曜日に宗廟大祭が行なわれています。

自治体職員やエキストラではなく、
すべて李氏の人々によって繰り広げられる韓国最大級イベントだそうです。
以下参考画像でご紹介です。

宗廟での古式に則った祭礼
全て全州李氏の人々によって行なわれます。


祭礼楽の様子です。

王朝絵巻のような宗廟大祭、一度目の当たりにしてみたいものです。

中国や日本にはもはや見られない儒教の伝統が
韓国には依然として有形無形で残り、
国民生活にも色濃く影響を与えているのは興味深いことですね。

ー続くー