19 Apr. 2012

韓国 初級旅 その4 慶州近郊

石窟庵、仏国寺を見た後、
地元のタクシーの運転手さんの案内で
慶州近郊の歴史地区の史跡を巡りました。

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新羅五陵

ここには新羅の始祖、朴赫居世王在位 紀元前57〜4年)と王妃
そして建国期の三人の王の、五人の陵があります。

「新羅五陵」と書かれた石碑

この丸くなだらかな土盛は
慶州市内の三国時代の墳墓と同系で
造営は朴赫居世王当時ではなく、4世紀以後とみられているそうです。

崇徳殿

朴赫居世王の祭祀を行う場所として1429年に建てられました


閼英井

こちらは朴赫居世王の王妃 閼英夫人の生誕ゆかりの建物です。

はじめて見た韓国の竹やぶ。

  

王妃の石碑です。建物の装飾も美しいです。

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芬皇寺石塔(国宝)

芬皇寺は新羅27代善徳女王(在位632〜647年)の634年に建立されました。
東洋一といわれた広大な皇龍寺址の近くにあります。

煉瓦状に加工した安山岩を積んで建てられたこの石塔(国宝)
もとは九層だったと考えられているそうです。

すべてがモノトーンというのが大変新鮮に映ります。

一層目の四方の門柱の彫刻は金剛力士像。 塔の四隅を護るのは獅子とよく見るとオットセイです。

石塔の前は井戸になっています。
外部が八角形、中が円形をしていて
八角は仏教の教えの八正道を、円形は真理を象徴しているそうです。

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太宗武烈王陵

新羅統一の基礎を築いた新羅29代太宗武烈王(在位654〜661年)の陵墓です。

  

この時代になると所々に土止めの自然石が巡らされ
盛土の形もきれいに整って行ったとのこと。

陵墓の脇に太宗武烈王陵碑(国宝)がありました。

今現存するのは石碑の上に乗せられる部分(魑首ちしゅ)だけで、
亀の形をした台座(亀跌きふ)に乗せられています。
魑首の割れたところに見えるのが「太宗武烈王碑」の文字とのことです。
王の功績を記した碑文の部分はもはや失われているそうです。

武烈王の陵は祖先の墳墓のある西岳洞古墳群にあります。
大変広い敷地でした。

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金庚信将軍墓

金庚信将軍(595〜673年)は、
29代武烈王と30代文武王(在位661〜681)に仕え
唐と連合して百済と高句麗を滅ぼし、三国統一に力を尽くした新羅の名将です。


金庚信は死後162年経った835年に「興武大王」の名が与えられたため、
墳墓の左側に「金庚信墓」、右側に「興武王陵」の名の石が置かれています。
墓の造営は統一新羅時代の様式で、
十二支神像を刻んだ護石や欄干が巡らされています。

 

     
盛土の台座部分(護石)の十二支像。
十二個ありました。未と午がはっきりしていて素敵でした。

古い写真を見てみると、墓の右横に石像が配置されていた事がわかります。

墓所が大変立派なのが印象的でした。

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慶州掛陵

新羅38代元聖王(在位785〜798)の陵墓とされている掛陵です。
名の由来は陵を掘った際水が出たので、棺を高所へ掛けたからとか。
仏国寺エリアにあります。

この陵は欄干や十二支像の護石、石板、石像など
統一新羅陵の特徴を
すべて備えた貴重な文化財ということでした。

それにしては道路からちょっと入った松林の中に
無人で、何気なくありました。(千年以上も?!)
おおらかな面を感じた次第です。


この様に正面の王陵の手前に
2匹の獅子、文人、武人の石像が、左右向かい合わせに立っていました。
その表情は、どれも大変ユニークです。

                      文人               参考画像  

                      武人                参考画像
                    

文人とずいぶん顔立ちが違うものですね。

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鮑石亭址

新羅の歴代の王たちが宴を開いた場所です。


鮑の形をした石の水路が残っていますが、
おそらく杯を浮かべ自分の前に来る前に歌を詠う、
曲水の宴に使用されたのだろうということです。
日本に来る前の原型だったのでしょうか。

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三仏寺 三尊立像

鮑石亭の近く、三仏寺の可愛いお堂の中に、古い石仏が三体並んでいました。

三国時代末七世紀と見られる石仏だそうです。
1923年に付近に散らばっていたものを集めたとのことです。

風雨と経年にさらされた仏様たち。大変素朴です。

左端の花の首飾りの仏様、なんて可愛い! 
心なごみました。

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掘仏寺址 四面仏像

北部小金剛山の麓にある掘仏寺址に行きました。

大きな石の四方に、仏を配置したり彫ったこの四面仏像
景徳王の八世紀の記録に出てくるそうです。

仏教の布教と様々な仏像の浸透、
それを石に刻んだ人々の思いが現れているようでした。

西(正面)  
                                    
   
南                                   北

    

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南山弥勒谷石仏坐像

慶州南山には仏教遺跡が多く
登山をしながら石仏参りをするのが地元の人たちの楽しみだそうです。
ふもとの菩提寺に行きました。

境内に入り裏山へ登ります。

  
すると、地面の上に素晴らしいお顔の仏様が・・・。
お堂も無いようですが、保存状態が他の仏像に比べ大変いいのです。
こんなところでお会いできるとは・・・。

地元に詳しい運転手さんによると、石仏の多い南山地区で一番よいお顔とか。
そうでしょう、そうでしょう。

慶州らしい光景でした。

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ところでこの日のお昼はカルクッス。
とんこつスープに韓国風手打ちうどんと白菜を入れたもの。
日本人に好評と、運転手さんの案内でした。
さっぱりしていておなかに優しく、美味しかったです。


ー続くー