06 Nov. 2018

「灘の酒蔵探訪なのだ」・・・・・さすさら


二人に後光が射しているのだ。

今月4日日曜日の朝10時のJR六甲道駅。 

 


この5人なのだ。

   この時期だけ、灘の酒蔵めぐりバスが出ているのだ。

 


小っちゃなバスなのだ。

   我々は始発から乗ったので、座っているが、すぐに満員になるのだ。

 


最初はここ。

 


このおっちゃんは、有名人でテレビにもちょこちょこ登場するのだ。

 


のっけから、8杯も飲めるのだ。

 


小さなコップだが、8杯を飲むとほろ酔い気分なのだ。

 


浜福鶴は良いところなのだ。

 


これを順番に飲んだのだ。

 


大吟醸のソフトクリームは美味しいのだ。

 


早くも休憩するのだ。

 


最初の酒蔵なので、勉強するのだ。

 


 


 


今はこうやって、機械化されているのだ。

 


さっきの試飲コーナーのおっちゃんなのだ。

 


浜福鶴を出たのが、11時半。20分ほど居たのだ。

 


歩いて、櫻正宗へ。顔が赤いのがいるのだ。

   ここが灘の酒蔵の最初なのだ。

   

   清酒の歴史を述べておくのだ。

   発祥の地は伊丹市と奈良市の二か所が名乗っていて、

   ここでは、伊丹の話なのだ。

   戦国時代に出雲に尼子十勇士の山中鹿之助がいて、毛利軍に敗れ

   鹿之助の長男の新六が武士を捨て、伊丹の鴻池に移住。

   伊丹は古くから伏見・池田と並ぶ濁り酒の産地で、新六は酒造りを始めたのだ。

   ある時、濁り酒に間違えて、灰が入ったら、透明になり清酒の発明に

   繋がったのだ。

   伊丹市の鴻池公園に「清酒発祥の地」の石碑があり、慶長5年(1600年)

となっている。

伊丹の清酒は江戸で下り酒として、人気が高く、次の言葉が流行ったのだ。

「伊丹の酒 今朝 飲みたい」 逆から読んでも…

清酒造りは、樽廻船で運んでいたので、伊丹から海に近くて便利な

西宮近辺に移転。江戸時代の末期に、ここ櫻正宗が「宮水」を発見したのだ。

六甲山に降った雨が地下水となり、西宮の海岸の近くに湧水になって、

カリウム、カルシウムを多く含む鉄分の少ない硬水で、清酒製造に最適

だったのだ。

その後、冬場の寒造りに適した六甲おろしとか、酒造りに適した山田錦とかで、

灘地区に酒造業者が集中したのだ。

灘五郷とは酒造業者の五つの組合で、今津郷(3社)・西宮郷(10社)・

魚崎郷(6社)・御影郷(9社)・西郷(3社)で合計31社なのだ。

そう、兵庫県は清酒製造量で全国の28%で、断トツのトップなのだ。

それから、新六は清酒で大儲けし、鴻池と名乗って大阪の船場に移り、

両替商を始め、三和グループとなったのだ。    

     


すぐに試飲コーナーへ行くのだ。

   


よく読むように。

 


これも。

 


お土産を買っているのだ。

 


続いては、菊正宗。1155分。

 


これが。

 


これ。

 


今でも流れているCMソングは西田佐知子なのだ。

 


ここでも試飲するのだ。

 


重くなるが、お土産を買わないと。

 


お土産をたくさん買った人しか、この写真は撮れないのだ。

 


こんな感じで回っているのだ。

 

 

 


続いてはここ。1225分。

 

 

 


試飲のはしごで、いい気分なのだ。

 


ここで、バスの切符についている有料試飲券で多めに一杯を

   飲んでしまうのだ。

 

 
ここでもお買い上げ。

 

 
ロボット君がいるのだ。

 


後では高倉健が飲んでいるのだ。

 
白鶴ともお別れ。

 
まだまだ酒造業者はあるのだが、もう飲み疲れたのだ。

 
バスで帰るのだ。

 
ここで、最後のお買い物。

 

 
さあ、反省会をするのだ。

 
六甲道で。

   飲み放題、食べ放題なのだ。

 
16時に解散。JR六甲道で。

 
阪急六甲で。

 
回った証拠。

 

 今度は10日に近畿修猷会の総会なのだ。

 

以上