25 May 2018

「シチリアあたり その13」・・・・・さすさら


5月5日(土)  、日本は、こどもの日で立夏、
   ゴールデンウイークの真っ最中。
   4人のおっさん達は日本から9900km離れた
   シチリア島をウロウロとしているのだ。 
 

シラクーサを出たのが、7時。
   ピアッツァ・アルメリーナのドゥオーモを見て、
   旧市街から5kmほど車で走ると、ここへ到着。
   10時ですね。いきなり、こんな遺跡が。
 

内陸部にあるので、交通の便が悪いのだ。
   なかなか、ここへは来れないのだ。
 

田園に囲まれた3世紀の遺跡があるのだ。
 

有名な帝政ローマ時代の大富豪貴族の
   カサーレの古代ローマの別荘なのだ。
 

この中に素晴らしいものが保存されているのだ。
   よく、こんなところに別荘を造ったものだ。
 

ここが入口。
 

円柱があって、大きな建屋があったのだ。
 

こうやって、壁画の説明がしてあるのだ。
 

 

 

 

よく読むように。
 

こうやって、建屋のあちこちにある壁画や、
   モザイク画が残っているのだ。
 

 

この奥に別の建屋があり、そこがまたすごい。
   ローマ時代の貴族の休養地として造られた別荘なのだ。
 

 

 

これはプールなのだ。真ん中には噴水があるのだ。
   この壮大な建屋には、およそ40室の部屋が。
 

猛獣と戦う迫力のある狩りをやっているのだ。
 

浴場には暖房システムが設置されているそうな。
   エステに凝っている貴族が住んでいたのだ。
 

 

これが有名なビキニを着た乙女のモザイク画なのだ。
   この頃から、ビキニがあったとは!
   ではないか!ここが発祥の地なのだ。
 

ダイエットをしているのだ。
 

こんな感じで上から見て歩くのだ。
 

撮り切れないくらい、あるのだ。
 

後は、編集長のを見てちょうだい。
   ゴープロで動画を撮っているのだ。
 

こうやって、観光客がいっぱいなのだ。
 

モザイク画に圧倒されて、休憩中。
 

カップルのおっちゃんが撮りましょうと、言ってくれたのだ。
 

全体図なのだ。
 

カサーレの別荘を見終えて、駐車場への場所は
   お土産屋さんが並んでいるのだ。
 

この男の子が上手に売りつけてくるので、買ったのだ。
 

これがシチリア名物のレモン絞り器!
   これを後になって、私が割ってしまったのだ。
   ごめん、ごめん!
 

そんで、ここから出る時に、ちょっとした事件だったのだ。  
   車で駐車場に入る時、気にせずに入場のバーを上げるのに、
   バーコード付きの駐車券を受け取って入ったのだ。
 
   
ところが、出る時にこの入場券を入れて、
   コインを入れるところを探すのだが、どこにもないのだ。
   バーが上がらずに、出れないのだ。
   焦って、色々探すのだが、ダメ。
 
   反対側の入って来る車に聞くと、1台目は
   「アイ ドント ノー!」
   やっと、2代目が来て、
   「オーバー ゼア」と向こうを指差すのだ。
   ありゃー!
   100mほど、向こうに小屋があるのだ。
   あそこで駐車券をを出して、支払ってチェックを
   入れてもらうシステムなのだ。
 
   写真は、狭い道を無理やりUターンして、小屋に
   戻って支払って来たところなのだ。
 
   日本ではないのだ。あんなところにコインを入れていたら、
   盗られてしまうのだ。
 

これが問題の、にっくきバーなのだ。
   10時50分、無事脱出。この間、約10分ほど、やれやれ。
   色んな困難が、立ち向かって来るのだ。
 

得意の狭き道を通りながら、次の目的地に到着。
   アグリジェントなのだ。
 

公園の横に止めて。
 

住所を頼りに、宿を探すのだ。
   後で、分かるのだが、ここがメインのアテネ通。
 

ここだ。ウロウロと探していたら、声を掛けてくれたのだ。
 

今日から3日間お世話になるのだ。
   ここの息子さんなのだ。
   駐車をどうしたらよいか、などを聞いているのだ。
 

シチリアのお巡りさんが見回り中なのだ。
 

13時、車を入れて、荷物を下ろすのだ。
   そう、この通りは13時にならないと、車は入れないのだ。
 

ホテルはこの階段を登った先にあるのだ。
 

お兄さんに駐車場の事を確認しているのだ。
   ややこしいのだ。
   ようは、周りの駐車スペースを探して、白いスペースに置いて来い。
   青は有料だよ。
   駐車券を買って、置いておくのだよ、と言っているのだ。
 

部屋は未だ、入れないので、荷物だけ置いて、
   教えてもらったここへ。
 

13時半、記念撮影なのだ。
 

レモン汁とビールで乾杯。
 

 

腹ペコなのだ。
 

地中海料理なのだ。
 

やっぱり、ビールの後はワインなのだ。
 

彼はこれ。そのまんまレモン。
 

たまには肉も食うのだ。
 

こんな時間が一番なのだ。
 

勿論、シェアするのは彼ですね。
 

アメリカンが飲みたいが、ないのだ。
 

部屋に戻って来たのだ。
 

バスタブがあるのは珍しいのだ。
   この部屋は3階。
   絵に注目。
 

この部屋は、編集長とコッツさん。
   順番に組合せが変わるのだ。
   ここにも、絵が。
   隣のピンアップしている紙はお客さんが
   残したメッセージ。
 

階段の上はこうなっているのだ。
 
   
今日明日とアグリジェントをウロウロと
   歩き回るのだ。
 
   世界遺産なのだ。アグリジェントの考古学地域。
   1997年登録 文化遺産。
 
   ギリシャの大抒情詩人ピンダロスが「世界で最も
   美しい町」と歌ったのが、このアグリジェントなのだ。
 
   紀元前580年頃にギリシャ人によって造られ、瞬く間に
   発展をしていったアグリジェント。
 
   その後、カルタゴ戦争で勝利し、海外覇権を治め、
   領土を拡大、経済文化が花開き、多くの神殿が
   築かれた。
 
   紀元前262年の第一次ポエニ戦争後、町は
   ローマ支配となり、勢いを失うのだ。
 
   ビザンチン時代の衰退を経て、イスラム支配の時代に
   息を吹き返し、1087年にはノルマン、続いて
  
   ドイツのホーエンシュタウフェン家の支配が続き、
   北アフリカの交易で経済が活況を呈した。
 
   11世紀、ノルマン人の手により建てられたのが
   大聖堂だ。
 
   しかし交易が途絶えると町は再び衰退し、住民の流出が始まった。
   これをきっかけに領主の館や修道院が建てられ、現在見られる
   中世の街並みが造られたとさ。
 
   以上、アグリジェントの歴史なのだ。
     
まだまだ、続くのだ。