01 Jun. 2018

「ローマの休日 後編」

パレルモ ⇒ フィウミチーノ空港乗り継ぎ ⇒ インチョン ⇒ 福岡の積りだったが 

地中海の首都ローマ、世界の首都ローマ観ないで帰国はあり得へん!?

市内の名所旧跡を己の脚で歩む事丸二日間、、、ようけ巡ったもんです

そうです、昨日長蛇の列で諦めたコロッセオ、朝一での入場

これが列さばけぬその訳、一人一人の荷物のチェック ロンドン・パリでの爆発騒ぎ以降より厳重になっている

それでもなんとか並ばずに、スムーズに入れて観るコロッセオ内部

西暦80年に創建の円形闘技場、収容人員5万人 

教会施設が出来たのはずっと後の話

2000年前が眼の前に!

この外観ですが・・・

石材窃盗団被害に遭ってこんな姿だが

当時はこんな風、美しい外周壁・内周壁の多層構造だった

創建当時、床は板張りで、時に注水し池にして舟遊びもやったと云う

剣闘士Vs剣闘士もあれば 剣闘士Vs猛獣もありの、死闘ドラマの眼前展開 市民にバカ受けだったらしい

この地下室が彼等の控えの間、、、いったいどんな空気流れていたのでしょう

よほどの基礎技術なければ2000年の風雪には耐えられない中、崩壊から免れ堂々たる姿

当時、巨大娯楽施設ならではの仕掛けがあって、ローマ市民憩いの場であったのが偲ばれる

窃盗団のターゲットは石材、、、レンガ剥がされて石材持ち去ろうとした正にその頃の姿、痛々しい 何と ”エマニュエーレ2世記念堂” の施工にも使用されたっちゅうからもう、何とも・・・

横方向・縦方向からの荷重に耐える石積みのテクニック、、、石工さん達は今で云う最先端技術集団!

団体さんが立ち止まって説明の場はほぼ重要なポイント

今尚、新発見あるとこうやって掘り出して

飾られる、、、きりがない残された仕事の数々、永遠の都ローマ!

コンスタンティヌスの凱旋門の側面にも装飾が・・・

「ローマは一日して成らず」 悠久の歴史ドラマ満載のフォロロマーノ

”When in Roma do as the Romans do”  そう、ローマ人になり切って愉しもう!

コロッセオ後に

再度、フォロロマーノ遺跡群探訪に・・・

ティトの凱旋門も青空バックに美しい 「やっぱ写真は朝方や!」

アーチの彫刻も恐ろしいほど精密!

左手がパラティーノの丘 鐘楼の見える高台が国の重要施設集中のカンピドリオの丘 二つの丘に挟まれる立地のフォロロマーノ

当時の歓声が聴こえてきません?

「パラティーノの丘」 鳥さん目線では・・・

Now!

昔の鳥さんの記憶!?

Then!

古代ローマの共和制から帝政まで続いた 「元老院」 30歳以上の貴族から選出の定員300名で国の最高機関を運営した

徒歩に疲れた!? 好い香りにつられてホイホイと、、、テイクアウトじゃなくて此処で喰おう!

イタリア滞在中見たピザ窯で一番美しかったのがコレ

「美味しいの焼いたるで!」

お任せで頼んだら・・・

「ソーレ!」 店名 ”AMALFI” も気に入った!

バチカン近くのリストランテ、このピザはローマで食した中では一番! 見るからに美味そ!

「平麺パスタはトマトベースがお奨めよ」 「んじゃ、それお願い!」

「ズッパのお奨めもお願いや!」 「プレーゴ!」 心豊かに温まる野菜中心の極上もん

豆とポークの入ったカルボナーラ風で〆、、、外れが無いのがイタリア 安くて美味くて小気味よい、全て・・・

大満足の ”AMALFI” にてお腹満たされ、吸い寄せられるように着いた先はこちらバチカン

ミケランジェロ・ブォナロッティの手に依る大聖堂サン・ピエトロ寺院のクーポラが異彩放っている 「カトリック教会総本山」として超有名ですね(1506年着工)

この噴水の重厚感に吃驚!

右手奥はシスティーナ礼拝堂、、、ミケランジェロに依る天地創造から最後の審判までの天井画は世界のお宝 バブル以前は嫁さんと並ぶ事無く鑑賞出来たが・・・

昨今はとんでもない渡航観光客数(フランス8300万人・スペイン7600万人・イタリア5300万人)急増で、礼拝堂どころか、入館即鑑賞の ”ミケランジェロのピエタ像” でさえ1時間半待ち 

聖人ペテロに頭を垂れるしか我々に出来る事はない

タイミング宜しく始まった警護兵の交代

このコスチュームはミケランジェロのデザイン、バチカンの警護兵は全てスイス人、貧しくて傭兵で国の財政賄った歴史が今尚残る

「いいもん見せて貰ったなあ!」

紀元1世紀頃のローマ帝国のキリスト教徒への迫害はすさまじいものがあった 使徒ペテロはアッピア街道を南へ避難の最中、雲上人のキリストに遭遇

彼の有名なラテン語 ”Quo Vadis” 「主よ何処へ?」 の段 「我ローマに行きて再び十字架に架からん」 を聞いたペテロ、我が身を恥じて急ぎローマに戻って殉教の身・・・

後年の発掘調査でペテロの埋葬が確認され、聖なるバチカンの重要度一層増し、キリスト教世界3大聖地の頂点となったと云う真実のお話 ←(聞きかじりの知識程度にどうぞ)

そんな聖域を振り返って一礼! 「バシリカとチャーチの違い?」 クリスチャンの寺院は全てチャーチ、しかし歴史ある壮大で芸術価値ある寺院は別格扱いでバシリカですね

テヴェレ川へと向かいましょう

何となく見覚えあるデザインのお城ではないですか?

川沿いの重厚感ある要塞(西暦135年創建)

滔々と流れるテヴェレ川、数々のエポックメイキングな歴史的出来事を見護って3000年・・・

そう ”サンタンジェロ” 聖天使城です 「旧ハドリアヌス帝廟」 としても馴染み

懐かしいシーン覚えている読者多数でしょ?

 

サンタンジェロとサンピエトロは秘密の地下通路で結ばれているとか・・・

サンタンジェロ橋渡って市中へと向かっていますが

此処はいいぞ! 第六感が云うてます、きっと美味いに違いない、寄って喰ってみたいのは山々なれど 我慢だにゃ!

ローマも他の巡って来た街の構造と同様、年代層の積み重ねによるミルフィーユ構造

地上のお客さんが立つ処が0m地点、Nowですね?

我等の地点はマイナス5m、、、紀元100年は、Thenです!

何の為に博物館見物したか? 2000年前には此処はドミティアヌス帝が創らせた競技場の地 想像力働かせましょう!

ナヴォ―ナ広場ですが掘り進むと2000年前にタイムスリップ可能

Nowです!

競技場在った地に堆積進んで2000年、今やすっかり観光名所

先ずは眼に入る デッラ・ポルタの 「ネプチューンの噴水」

Thenに逆戻り・・・

ローマ皇帝の人気度バロメーターは戦勝のみならず、ローマ市民を喜ばせる事、コレ肝心だった様です

中央部にオベリスクと聖アニエーゼ教会

バロックの天才、ベルニーニ作 「四大河の噴水」 「ムーア人の噴水」 サンピエトロ広場も彼の設計

聖アニエーゼ教会 曲線美が必見とかで入ってみた

美しい!

クーポラの精緻な天井画には驚かされる

「ローマで一番美しい広場」 と云われる所以確認のナヴォ―ナ広場再訪果たして大満足!

「此処には是非とも連れてってくれ!」 さすさらのしつこいリクエスト 「大した事ないから他にしよう」 云うても駄々こねた!?

「真実の口」

古代ローマ時代のマンホールの蓋を1632年、サンタマリア・イン・コスメディン教会の外壁に埋め込んだ廃物利用の典型!?

素人芸にしては上出来の彼女のパフォーマンス、思わず撮ってもうた・・・

お隣は ”チルコ・マッシモ” 古代に戦車競技が行われた大競技場、チャールトン・ヘストン演ずる名画 「ベン・ハー」 撮影の舞台

帰国後直ぐに Amazonビデオで観ましたが、CG無き時代のド迫力に驚き隠せません ウィリアム・ワイラーの巨編、エキストラ15000人、シチリアから輸入の馬さん80頭・・・

撮影に9か月、上映まで7年かかったと云う

紀元前329年頃に整備された 長さ620m 奥行200m 収容人数20万人以上と云う大競技場、想像絶す壮大なスケール!

中央部のオベリスク、、、初代皇帝アウグストゥスがエジプトから運ばせたもの(紀元前13世紀の代物)は、競技場中心辺りに立っていた

そのほんまもんがポポロ広場に移設され、今こうやって立っている堂々たる歴史の継承、、、邪馬台国論争がアホらしくなりそうで困ります!?

チルコ・マッシモ競技場正面は、昨日眺めていたパラティーノの丘、ズラリ連なる皇帝達の宮殿跡

当時ローマ市民の娯楽の一つと云えば、戦車競技の観戦、、、きっと闘い前にオッズが出て、お気に入り馬券ならぬ戦車券購入し、ギャンブルで盛り上がっていた筈

今や野外演奏会場として音楽祭イベント行われる変わり様

街中遺跡だらけ、、、アパート借りて1年居たら廻り切れるか? 無理だろうな!

南イタリア漫遊ツアーにあって、おまけのローマ滞在丸2日間、、、良く巡りました!

Termini駅にて ”Arrideverci Roma”

ローマ市内 ⇒ フィウミチーノ空港

車窓の景色眺めつつ 快適で愉快で疲れ知らずの16日間振り返り 「ヨーロッパ、又来にゃあ!!!」

福岡空港着寸前 5月11日夜の博多は小雨だった

旅レポート21編+空撮12編 拙い旅紀行に長時間お付き合いいただき 

伝言板やLINE Facebookで応援していただき 感謝の気持ちでいっぱいです

Molt Grazie!

P.S. 旅は道ずれ、、、同行の3人の活躍・理解無しにはあり得なかった今回旅 新たな希望抱いて再スタートの古希連の明日・・・

    明るく豊かな夢に満ちた日々となるべく精進いたします!