17 May 2018

「シラク―ザ ⇒ ピアッツア・アルメリーナ ⇒ アグリジェント着」

十二分に愉しませて貰ったシラク―ザを出発の時間、、、5月5日は子供の日だ! 関係ないか!?

大聖堂前午前7時前

シラク―ザ ⇒ アグリジェント の中間点に世界遺産が在るらしいので 「寄り道しようか?」

2時間と少々で田舎町、ピアッツア・アルメリーナ着、、、否応なしに高台にキューポラが目立つ

狭い道路お構いなしにドンドン上がって行くと

これかあ、デッカイなあ! 間近に観る聖堂、正面右手の取って付けたような鐘楼

此処だけ白い石が使われているが、とても不思議な組み合わせだ

教会の方に聞くと 「その部分は15世紀の頃の教会の名残で、その後17世紀になって密着させて新たに聖堂建てられたんです」 

そうかあ、再利用かあ、、、正面から見て右サイドが Then 左が Now  ecoで宜しい!?

聖堂前の銅像の主、、、聖堂復興の発起人だそうです

ひなびた感じの山村へのお伊勢参りの様なスタイルだったのだろうか

宿泊所まであるジャン

かなり立派な外観

参詣者の落ち着き先は必須だった筈の当時の館?

こちらサイドにも目立つ鐘楼

屋根材に使われたタイル紋様はお初!

重厚さにおいては大聖堂の合体建築には遠く及ばないのも仕方あるまい!?

”シチリア最大・最高のローマ時代のモザイク床が見学できる「カザレの別荘」は、内陸のけっこう不便な場所にある”

ピアッツア・アルメリーナ中心部から半時程で到着、本日のメインテーマだ

後方の丘の土砂崩れのお陰!? すっぽり覆われて20世紀初頭に陽の目を見るまで天然保存されていた訳だね?

広い敷地、、、周回路を巡って・・・

「カザレの別荘」 入り口となる

この建屋配置図観たら驚き! 

●カザレ荘は紀元後三世紀から四世紀ごろに建設されたローマの高官の屋敷だっただろうと推察されている。皇帝マクシミアヌスの引退後の住まいではなかったという説もある。

Youtubeにアップの動画のコメントにはローマ人豪商の館とコメントしましたがそれについては後程 ←諸説あり故

いきなりですがバシリカ、列柱廊の部屋

まるでスイスイと描かれたように見えますが

どうしてどうして

一枚一枚埋め込まれた精緻の技

厨房ですね?

大食堂と思われる広~い部屋 3~4世紀の創建と云えどもちゃんと給湯配管が残っているそうな

中庭にはフォンタナ、これがローマン・スタイル?

もしかしたらこの方が ”マクシミアヌス帝” !?

当時すでにローマ人はグルメ派  満腹になって尚喰いたさつのって奥の手で ゲロゲロ(真似しないでください) 「さあ、また喰い直しだ!」

豊富な食材調達の様子伺われるので・・・

字が読めない人でもこんな詳細なモザイク画なら全く問題無し

 

これは面白い画ですねえ、、、前の舟は一本釣や突きん棒漁 後方のは投網漁で

土砂崩れあった中かろうじて残っているフレスコ画

今も昔もシチリア人は魚が大好きの図

大回廊は幅数メートルで奥行きは優に60メートル級 これを創らせたオーナーは如何にして優秀な職人呼び寄せたのだろう?

馬じゃないよね!?

鶏さんに曳かせるか? 可哀相に・・・

ツインのダチョウさんなら大丈夫かも!?

女性の手仕事の段取り画?

さすさらとコッツが覗いてはる、真剣な眼差しで・・・

だよね? わかる・判る・・・

彼の有名な ”モザイク・ビキニ”

真ん中の娘さんがウィナー?

結構マッチョな二人、、、当時ミスコンテスト風な催しがあったと伝えられている

近代五種風な!? 洋の東西問わず人間の嗜好の部分は変わりゃしない

別荘内で一番長時間留まった部屋だったと記しておこう!?

猛獣の部分ですね? この別荘のオーナーはアフリカから珍獣輸入して莫大な財築いたと云う説 ←コレも諸説の一つ

充分頷けますね? 

字にして残さず画にして後世の人間に考えさせる配慮までやったか?

上部廊下からのモザイク画見降ろす恰好の観覧、、、実に愉快で楽な遺跡見物スタイル

アレッ!? またまた見えたぞ、、、素晴らしい画の配置の妙、グラッツエ!

ではこの辺で、、、失礼するとしましょう

 カザレ別荘動画  ←もう一度見てみよう!

予定超え、かなり長い観賞させて貰って満足気!

それから再び車中歓談3時間後、、、本日の宿場 アグリジェントに到着

此処もとても良さそうな印象受けし目抜き通り ”アテナ通り” 

「お腹空いたなあ、チェックイン早々行こかあ!」