02 Feb. 2018

「伊都国漫遊いと愉し」

ジムでの汗流しも日課となりつつあり、週4日のランチタイムはそれこそ大盛り!? 

「天気も良さそうだし行ってみよう!」

志賀海神社の神楽歌 ”君が代” が気になってしょうがない

「さざれ石」の起源尋ねんと、わざわざ日向峠経由でやって来た

日向(ひなた)峠、、、向こうは奴国(魚の国)こちらが伊都国

これより 「伊都国」 何とも美しい響きじゃありませんか?

魏志倭人伝で伺える倭国のクニの名、思い出しても気分良くない華麗とは対角の 奴・卑・鬼・邪・蘇・末などなど

「夷屠国」ならぬ「伊都国」、、、きっと深い意味あると見たが・・・

伊都国のシンボル 「可也山」 、朝鮮半島の 「伽耶山」 に由来するという

「さざれ石」のその前に、ちょっと立ち寄ってお勉強、”伊都国歴史博物館” にて

今、此処です

館内撮影禁止の文字、これだけだったらいいでしょ?

これ見たら是非とも発掘現場に行かねば、、、世界最大ギネス級、国宝 ”内行花文鏡” 

今日の本命はこちら・・・

”細石神社” 

♪ 千代に八千代にさざれ石の、、、 ♪

境内の右の石が御神体とされる

裏に廻って御神木

きんとん雲のような奇怪な石、、、雲仙? 

「古事記」 によれば、天から日向(あの峠だ)に降りて来た二二ギは

コノハナサクヤビメという美しい娘に出会い、求婚する。彼女の父、オホヤマツミは喜んで、コノハナサクヤビメと、姉の
イハナガヒメの二人を妻として差し出した。しかしニニギは容姿の醜いイハナガヒメは送り返し、コノハナサクヤビメだけを妻とした。
オホヤマツミは深く恥じ入り、「イハナガヒメを妻とされれば、天つ神の御子の命は岩のように永遠で揺らがないものになり
コノハナサクヤビメを妻とされれば、木の花が咲き栄えるように繁栄されますようにと祈願いたしましたのに、このように
イハナガヒメだけをお返しになり、コノハナサクヤビメだけをお留めになりましたから、天つ神の御子の命は、木の花のように
儚いものになってしまうでしょう」と申し送った。そういうわけで、今に至るまで天皇の寿命は長くはなくなってしまった

「雲仙には木花咲耶姫神社があり、男女のシンボルが鎮座しています」

興奮冷めやらぬままお次へと移動・・・

こうなりゃ、全~部観るっきゃないぞなもし!?

住宅地のど真ん中だ

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そう、俄か考古学マニア!? あの森は何だ?

4世紀頃の ”築山古墳” 堀に囲まれていた前方後円墳だったが、道路や建屋で一部欠損

北となりに同時期の ”端山古墳” 前方部の墳丘は削られて後円部のみ残っている 

博物館で観た国宝の産地

「ひらばる」 と発すように北部九州ではほとんど同じく まえばる・とうばる・いいばる・きたばる とこんな風

昔の 「原」 ⇒ 「集落」 此の地に定着の古代朝鮮語と聞いたが・・・

中でも興味魅かれるのは此処よりすぐ北に在る 「女原」(みょうばる)、魏志倭人伝に書かれている ”女奴隷1000人の場所” だと云う説アリ

卑弥呼の葬儀の折、女奴隷100人殉死させた記述もあるが、女原に関す情報は希少! 隠ぺい策!?

こちらはパス

2世紀後半の出土品全てが国宝!

田の字が1号墓

復元された墓

お次・・・

今回の散策では一番南に位置する遺跡群、未だ発掘されていないポイント多々、更に南方100m辺り 「井原字ヤリミゾ」という地名有るので

今後に期待!

井原山(イワラヤマ)方面望むの図

本日訪れた最終ポイント・・・

境内の巨石で有名とか・・・

石柱に菊の紋章が!

読んで理解してみよう!?

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さてっと、、、ジムの後の爽快感からついつい伊都国訪問したわけだが

何て素晴らしいクニなんでしょう、一般論だが王が存す処が都、魏志倭人伝に 「”邪馬壹国” (邪馬台国は記述上のお間違い) に着く、女王が居る都」

とある通り確かに都、、、しか~し、卑弥呼に ”邪馬壹国” 字相に美しさの欠けらも無いのだ

その観点から行けば、「伊都国 だけは美し過ぎる、何かある! 

お宝ぞくぞくの平原遺跡にあった案内

1号墓は方形周溝墓で割竹形木棺の埋納が検出されている。
1号墓の墓壙周辺に12本の柱穴跡があり、上から見て、このうちの10本を結ぶと平行四辺形の形が浮き上がる。
短辺の中央の柱穴を結んだ線の延長には、それぞれ短辺の中央の柱穴から1メートルほど離れた場所に柱穴跡がある。
この4本の柱穴を結んだ線の延長上の東南約15メートルに「大柱跡」とされる穴があり、その延長線上に日向峠がある。
 

そうなのだ、日向峠が延長線上に・・・・・

魏がこうまで 「伊都国」 を、倭国の他所のクニと差別する秘密探しの散策は続くのである

パチ・パチ・パチ・・・