26 Jan. 2018

2015年11月 琵琶湖周辺の旅(3)五個荘金堂

T.H.


安土城が炎上した3年後の1585年、
秀吉の甥、豊臣秀次は琵琶湖のほとりの八幡山に築城し
安土から人々を移住させて城下町近江八幡を築きました。

秀次も築城後10年で自刃という運命をたどりますが
近江八幡はその後も近江商人の町として発展しました。

今回、JR安土駅の隣の能登川駅の最寄りにも
五個荘という近江商人屋敷の保存地区があるというので訪ねてみました。

信長の館からタクシーで走るうちに、湖東平野の田園風景となります。
下図は訪れた五個荘金堂地区の航空写真ですが
古代条里制の区画割りが今も碁盤の目のように並ぶ土地柄のようです。

参考画像


こうした古来の水田風景の中に、
白壁や黒い舟板塀をめぐらした立派な蔵屋敷や伝統的な農家群、
古くからの立派な寺院が並ぶ、五個荘金堂地区は、
国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

もともと稲作中心の農村地帯でしたが、副業として行商に出る人も多く、
明治から昭和の初めには事業を全国規模にひろげ、
故郷に本宅をかまえる豪商たちが出ました。

こうした成功者たちによって築かれ、
現在保存・公開されている「近江商人屋敷」3軒を訪れました。



外村繁邸




こちらは作家外村繁(1902〜1961年)の生家でもあります。
父親の代で隣の外村宇兵衛家から独立して、呉服木綿問屋を開き、
家業は結局弟が継ぎました。




突き当りが入り口です。




まず台所を通ります。
近江商人が身につけていた笠と合羽が置いてありました。




2階に上がりました。




2階から眺める、白壁の蔵や松の木です。





外村繁の作品に関する展示もありました。




雨降りの庭が素敵です。












外村繁の母親の振袖だそうです。
状態の良さに驚きました。








手入れの行き届いた庭や、漆喰の蔵や塀の佇まいに
近江商人の生活文化を感じることができました。




外村宇兵衛宅


こちらは外村宇兵衛宅です。
長く伸びる漆喰の白壁と、黒い舟板塀に囲まれ
通りには水路が通っていました。




庭の隅に、外の水路の水を屋敷内に引き込み、川戸と呼ばれる
洗い物をする場所が設けてありました。
打ち水や防火用水など、様々な使われ方をしてきたとのこと。




玄関です。そろそろ夕方で灯りもつき、ほっとします。



入り口近くに置かれた帳場です。
こちらは先ほどの外村繁邸の本家筋にあたるそうです。




奥座敷は両方から庭を見ることが出来ます。




2階の窓から見えるのは格式ある瓦屋根の建物ばかりです。
純農村から発展し、店ではなく本宅だけが置かれたのが五個荘の特色で
そのため、商家であっても町家風ではなく豪農風の屋敷が多いとのこと。




創業者関連の展示です。
こちらは御幸毛織という紳士服生地の会社を始めたことで有名です。




奥まったところにある雛人形の展示室です。




庭の風景です。




こちらは玄関脇にあった近江商人の銅像です。
笠と合羽に天秤棒をかついで諸国を行商する姿ですが
聞くところによると、荷物は商品ではなく
各地で織物の注文を取るための見本帖だったとか。

出来上がった製品はまとめて送り、帰りにはその地方の物産を仕入れ
他の地域で売りました。
こうして、売り手、買い手、そして世間の三方が利益を得る
「三方よし」という精神が
近江商人の地道な商法の基本となりました。





《中江準五郎邸》


中江準五郎邸に来ました。









2階には、戦前に中国や朝鮮に三中井百貨店を出店して財を成した、
中江四兄弟の写真が展示されていました。



建具が隅々までピカピカに磨き上げられているのには感心しました。




お庭には収集した珍しい石灯籠が置かれていました。








蔵の中には、五個荘で作られていた近江小幡でこ(人形)を中心に
全国の土人形が集められた陳列室が常設されています。




司馬遼太郎の「街道を行く」の一節も掲示されていました。



こうして、夕暮にかかってしまいましたが
3軒の近江商人の本宅の佇まいを味わうことができました。


+++


屋敷街近くの「寺前鯉通り」には古いお寺が並んでいました。
こちらは金堂地区の中心広場の前の安福寺です。





お隣の浄栄寺寺伝は、
かつてこの地を訪れた聖徳太子が寺院を建立した際、
最初に金堂を建てたことから、それがこの地の名称になった
と伝えているそうです。




お隣の弘誓寺の塀沿いで見た、素敵な建物です。




金堂地区の道沿いには、水路が縦横に流れています。
この「寺前鯉通り」の錦鯉は平成になって放たれたとか。

細いラインは鯉を守るため張られたものです。
鯉が生息するための水質を保つのも大変なことでしょう。
地区の方々の努力の賜物と思いました。

近江八幡に比べ、まだあまり観光地化されていないこの五個荘に
近いうちにまた訪れてみたいと思います。




水路の鯉をカメラに収めたところで能登川駅行きのバスの時間となり、
このまま次の目的地に急ぎました。


ー続くー