03 Oct. 2017

「謎の三星堆遺跡」・・・・・k.mitiko


20年前に福岡で開催された中国の「三星堆(さんせいたい)遺跡」の

展覧会を見に行き、耳が大きく立ち、瞳の飛び出た巨大な青銅の仮面や、

高さが身の丈をはるかに超え、精巧な文様を施した青銅の人物像には衝撃を

受けました。

 

青銅器については、殷(いん)王朝(紀元前1700年)の青銅の鼎

(かなえー祭器)などで見慣れていましたが、三星堆の青銅器群の奇抜な

デザインと製造技術とその巨大さに、今まで見慣れた古代中国の黄河文明の

常識にはまらない異様さに圧倒されてしまいました。

 

1986年四川省の省都、成都で出土したときは、「中国古代文明を塗り替える

発見」と世界を驚かせました。三星堆遺跡の文化は紀元前2800年ごろから

紀元前1000年まで2000年近くにわたって揚子江上流の四川省に存続した

と見られています。

 

1986年からの本格的な発掘によって東西1600m、南北2000mの城壁に

囲まれた巨大遺跡で、数千点におよぶ金器、1トンを超える青銅鋳造物、500点

以上の玉器が2箇所の穴から発見されました。

 

人面、獣面、龍、虎、蛇などのさまざまな出土品の中で注目を集めた青銅遺物は、

「縦目(たてめ)の巨大な仮面」、「等身大の立人像」「高さ4mの神樹と鳥

(これは明らかに太陽信仰)、」などでした。

 

会場の正面にすえられた巨大な青銅の仮面は、顔全体を覆う眉と目、その目は、

まぶたから瞳の筒が飛び出していてその表情の異様さと出土品の巨大さに

あらためて驚きました。

 

このような目を持つ仮面は中国はもちろん、これまで世界のどの古代文明にも

存在していませんでした。青銅器は、道具の使用、火の使用、そして土器の

製造といった発展をしてきた古代の最先端技術と言われています。

 

その青銅器が、古代には高度な文明が存在しないと言われた四川省から出土

したことに、世界中のほとんどの考古学者が驚きました。

 

四川省はかって「蜀(しょく)の国」と呼ばれた地域で、その周囲は多くの

山に囲まれ、交通が遮断されがちなために外敵に侵入されにくく、温暖湿潤な

気候に豊かな穀倉地帯が広がっていました。四川省、蜀の国は古代から「天賦

(天から授けられた豊穣の地)と言われるほど豊かな実りをもたらす地域でした。

 

今から4000年以上前に誰がなんのためにつくったのかは、まだ謎に包まれて

いますが、研究が進むにつれ、今までその真偽を問われていた蜀について書かれた

文書やその他関連する文書の内容が、三星堆遺跡の発掘によって一部分ではあり

ますが事実を伝えていたことがわかりました。

 

その経過はハインリッヒ・シュリーマンのトロイ発掘により、ホメロスの叙事詩

「イリアッド」や「オデュッセイ」の物語が事実によって裏づけられた過程

に共通しているように思います。

 

世界四大文明の一つとして考えられてきました黄河文明は、揚子江流域で

次々と発見された遺跡によって、この大河の流域に高度に発達した文明が

あったことから、現在では黄河、長江文明、または中国文明と言われるように

なりました。その要因の一つとして長江上流域に出現した三星堆遺跡の登場も

大きいと言われています。