ベルリンそぞろ歩き_1
教授のオフィスはベルリンのど真ん中にある。なにせオフィス前地下鉄駅の名前が「都心 Stadtmitte」。東西冷戦時代ここは東ベルリンだった。
窓の外の壮麗な円筒型建築はジェンダルメン・マルクト(憲兵市場広場 ジェンダルムはフランス語)と言って観光名所だが、
東ベルリン時代ここは寂れていて、ドーム状屋根にはペンペン草が生えていた。それが見事に由緒ある都心として復活した。
少し歩くとフンボルト大学がある。アレクサンダー・フォン・フンボルト基金は世界中から優秀な研究者をドイツに招いている。アメリカのフルブライト基金のドイツ版。
アレクサンダー・フォン・フンボルトの像。土台に「キューバの再発見者として。ハバナ大学 1939年」のスペイン語碑文。
大学前の通りはかの有名な「ウンター・デン・リンデン」。近景にフリートリヒ大王の騎馬像、遠景にブランデンブルク門。
最後はアルト・フルートを奏でるU先生のために、「サン・スーシ宮殿でフルートを奏でるフリートリヒ大王」。サン・スーシ宮殿はベルリン郊外ポツダムにあるロココ宮殿。
メンツェルと云う宮廷画家作。近くの旧国立ギャラリー所蔵。












中学校時代の恩師、今でも英語教育に熱心な某国立大学名誉教授、が当方今回のベルリンレポート面白いと言ってくださった。そこで張り切って案内再開します。
最初は今時の国際学会事情。プログラムは全てインターネット経由。しかも普通のPC用とスマホ用とある。写真はスマホ用。
シンポジウムと口演の大半にアブストラクト付き。聴きたい演題にチェックを入れておくと15分前にメールが入り、「もうすぐ始まりますよー」と教えてくれる。
今回は国際学会とドイツ学会の共同主催なので、プログラムは英語8割ドイツ語2割の変則型。
「英語に苦労しとったFunatsu君が、国際学会行くとはなあ」と感慨深げ(または信じられん)でした。
合間を縫って、以前論文作成でお世話になった教授を訪ね、ベルリン都心で昼食をごちそうして頂いた。
中身の濃い2時間であったが、ドイツ語で2時間集中するのは相当大変な2時間でありました。
最後の写真は当方不勉強で何のことか解りません。同業諸氏教えてくださぁーい。












29 Oct. 2017

ドイツの秋 雲一つ無い青い空

前回のアップに「凄い!きれい!美しい!」と最大級の賛辞をいただいたので、では美しい庭園の秋景色を紹介。
ベルリン近郊にある、元伯爵夫人所有の庭園。












28 Oct. 2017

エンジニアM君の実家は広大な農地を有している。写真中央の集落が、彼の住む村。

周囲に広がる牧草地の幾つかは、彼ら所有の土地の一部。ついでに言うと森も所有している。

彼の両親は住まいの他に旧宅と2軒の納屋を持っている。その4軒の建物の屋根にはソーラーパネルがぎっしり。
ここで得られる電力は彼の一家が一年間に消費する電力の3倍に相当する。


納屋の壁には、太陽光で得られた電力を電力会社に売る操作盤が5個並んでいる。
残念ながら夜間は太陽光発電がゼロになるので、夜間用電力は買わざるを得ない。
しかし蓄電池が廉価になればそれを購入し、そうなれば電力は全て自家発電で賄えると、M君は熱っぽく語る。


手前にあるバイクは夏の間だけツーリングを楽しむ。夏が過ぎれば車検証を返上し、保険も打ち切り、節約する。
そう、ドイツ人は生活を楽しむとともに、節約にも励む。

夕食はシュヴァイネブラーテン(ローストポーク)をごちそうになった。
付け合わせはジャガイモのかるかん様団子とザワークラウト。飲み物はビール。おもてなしに応えるため、通常の2倍も食べました。










19 Oct. 2017

もう一度ドイツ田舎の旅

数年前に知り合いになった電気系エンジニアの実家を訪ねて見た。
彼の父もエンジニアだが、すでに引退して今は農業をやっている。彼も週末は農業を手伝っている。

小麦と大麦を作っている。片手に乗っているのが小麦。小麦からパンを作る。両手に乗っているのは大麦。
大麦からビールを作るこうやって較べると形の違いが分かる。屋根裏に来春の種蒔き用に一部保存している。

干し草の山。畜産農家に売るのだという。
ドイツの牧畜は広い牧草地に放牧するのだとばかり思っていたが、牧草地を十分持たない畜舎飼いの畜産農家もいるのだそうだ。

私が立っているこの辺が、彼らの農地らしい。












17 Oct. 2017

ベルリンから列車で一時間半、ブランデンブルクの森と湖に囲まれた美しいリゾート地にあるといえば聞こえはいいが、要するに辺ぴなど田舎。
そこでこの病院週4回も心理療法して、この食事の豪華さ!マインドフルネス療法専用の離れもある。この豊かな治療環境は何なのだ!









ベルリン・フリートリッヒ通り駅。新橋駅と似てるので一枚ショット。
私がここに始めて来たのは二十代の頃。西ベルリンから東ベルリンへ入る検問所駅だった。大勢の人が長時間手続きに待たされ、暗〜い雰囲気だった。
あまり長く待たされるので、まだですかと尋ねたところ軍人か警察官か出入国管理官かわからないが、無愛想に「わーてん」とだけ言う。
このころはもちろんドイツ語わからないし、「・・・」と判断に詰まった記憶がある。駅を出ると東ドイツの首都とはいえ、街は灰色で派手さが無かった。
それが今はこんなに賑やか。

歩行者信号の愛称はアンペルマン、信号くん。可愛いのでベルリンの信号機は全てこれを採用している。
数少ない東ドイツの遺産。では赤信号の彼女は「来ちゃダメ子」とでも言うのかな?振られそうな名前だ。











ベルリン中央駅は格好いいなあ。地下2階と地上3階にホームがある。全てガラス張り。地上3階のホームから地下2階のホームが見える。
新大阪駅をモダンに改築したと思ってください。
しかしJRのようにレストラン街を併設して、これで客をもっと呼び寄せようという商魂は、無いようだ。











Kunihiko Funatsu
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これが一番の目的。いまの学会はappをスマホにダウンロードして持って行く。これがプログラム。
会場では紙のプログラムもあるが、appのほうがはるかに便利。
聴きたい講演に予め マークをつけておくと、時間が近くなったら自動的に 案内メールが入る。へー、時代は変わったなあ。
最近流行語になった Fake。私達に向けられている。それだけ複雑な科学に従事しているということなのだよ。









「北ドイツ旅日記」 by v.k.

バルト海の砂浜では「籠」に入って風を避け、日光浴を楽しみます。
散策途中にあった、樹齢500年の樫の大木。

相手は30年来知己の同業の志。大歓迎されました。








Kunihiko Funatsu
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15 hrs

ここはデンマークに国境を接するシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州。ホルスタイン乳牛。

広々とした沃野に風力発電塔。どいつのアップルジュースは美味い!
サワーで爽やか。
秋の旅の始まり。冬の旅でなくてよかった。






ハンバーグステーキ、ハンバーガー発祥の地とする名誉を授かったこの都市、
その歴史的栄光はフラッグキャリアー、ルフトハンザ・ドイツ航空の雄飛と共に世界に知れ渡る。

栄光のハンザ同盟自由都市ハンブルク!

・・・なんて格好いい紹介をしてやろうと思っていたのに、ハンブルク空港に着いたら直前に
大嵐が北ドイツを襲ったらしく、近郊電車で都心に出ようと空港地下駅に降りたところ何か様子がおかしい。
程なくアナウンスがあって、『嵐で大木が多数線路の上に倒れて現在途中で不通となっています。
都心に行かれる方は途中で〇〇駅まで行き、地下鉄にお乗り換えください。』
概要はなんとか聴き取れるんだけど、〇〇駅という固有名詞が聴き取れない、聴き取れたところでそれがどこか分からない。
とにかく乗って、お客が一斉に降りた駅で一緒に降りたら、無事地下鉄に乗り替えてハンブルク都心まで行けました。
写真はハンブルク市庁舎と内アルスター湖。