20 Feb. 2017

「壮大な大野城巡り」

先日訪れた ”岩屋城跡” すぐ北に在る壮大な大野城跡に興味あったので早速本日やって来た 

位置関係はこのようになっているが外周凡そ8km、トレッキングにピッタリの周回ルート

まるで外輪山に城壁設けた様な形状、これが西暦665年の築城というから当時の土木技術の巧みさに驚き隠せない

上記マップスタート地点より、先ずは大宰府口城門へと向かう

史跡大野城四王寺址の碑

一旦ルート外れて大宰府方面へ降下、、、古人が登城の際昇った道を辿る

1400年前の古道

見えてきた石垣が

大宰府口城門址

話は7世紀に遡るが、百済を救援するため朝鮮半島に出兵した大和朝廷 ”白村江の戦” ですね

結局、唐新羅連合軍に敗れてしまい、その報復戦アリと判断、大宰府防衛に水城を作り続いて翌年大野城造営に着手したという歴史

そういう訳で、我々馴染みの天守在るお城とは違い、土塁と石垣で山を囲んだ古代の山城、大宰府政庁が攻撃された時に備えた籠城のためのお城 ←お勉強ですね

しばらく降ると ”大石垣址”

稜線に戻ると展望開ける  右遠くに 古処山・屏山 左に宝満山

左に若杉山 右は三郡山

城壁を右回りで散策中

城門址が・・・

好天下、皆さん気持ちの良いトレッキングやってはる

26番札所

此処からの展望は素晴らしい!  福岡空港の向こうに志賀島・玄界島・能古島

博多の街をこの角度から眺めるのは新鮮そのもの

さらに左手方面は春日市

水城址がクッキリと! 後方は背振山

鳥居があるという事は・・・

毘沙門様にお参り

そこから先の高台が

このルートの中で一番の高所

コッツPhoto

土塁・石垣上を辿るお気楽ルートでも、案内板チェックは欠かせない

三郡山のレーダーサイト

立花山遠望

”百間石垣” 到達

廻って見るとこんな風

下から見上げるの図

お次はこちら

珈琲タイム、、、何と云う美味さだ!

ルートチェック!?

籠城時の水確保は? なんて心配御無用、、、小川や滝あったり・・・

コッツPhoto

今此処

とても善い雰囲気だ!

判りますね?

碧い空・・・

そよぐ風の向こうに香椎ニュータウン地区

でかい桜の樹

もう一つ目のピーク

土塁に西国観音霊場の霊土が埋められ33体の観音石仏が祀られたのは18~19世紀頃のこと

優しいお顔してはります

  土塁というのは、敵の侵入に備えた土でできた壁のことです。

質の違う土を数cmごとに積んでは叩きしめるという工法で巨大な土塁を造っています。

このような工法を「版築」といいます。

霞んでいますが立花山の向こうには、大島や地島

若杉山手前の ”ショウケ越”

天満宮と九州国立博物館

そろそろ城壁巡りもおしまい・・・

お城の中には、多くの建物があったと推定できる礎石建物跡が70棟以上見つかっています。
尾花礎石群のそばに焼米ヶ原と呼ばれている場所があり、そこでは炭化した当時のお米を拾うことができることから、多くは食糧保管庫であったと考えられています。 

朝鮮式の突貫工事によって造られた壮大な大野城、、、その後歴史の示す通り唐新羅連合軍が攻めてくることは無かった

それから100年経った西暦774年頃、新羅が日本を呪って祈祷しているという噂が広まり、大野城跡に四天王寺が建てられた

今日、大野城取り巻く山が四王寺山という名前で呼ばれている由来は、その辺にあったのかと理解した次第・・・・・

予想以上に素晴らしいお城巡りであった

コッツPhoto

大野城は大宰府の北側を守るために築かれた山城、南側を守る基肄城、入口平野部を守る水城と共に大宰府防衛の要衝だったのを知らされた散策だった

地元に居ながら、まだまだ見知らぬ世界の大き事

山城探検隊の出番!?

それにしても冬の合間の絶好のお出掛け日和に恵まれた2月半ばの19日、、、約4時間半の山歩きは凡そ8km、健康的な生活送らせて貰って

だんだん