24 Dec. 2017

2017年11月連休 福井と金沢の旅 (3)丸岡城



永平寺からバスで40分ほど揺られ、日本の現存12天守のひとつ、
丸岡城(重要文化財)にやってきました。

この城は安土桃山時代の1576年に
越前一向一揆に備えた織田信長の命により
柴田勝家が甥の柴田勝豊に築かせたもので、
日本の城郭建築史上最古の様式が残されている、貴重な建造物です。

初代柴田勝豊以後、城主はめまぐるしく入れ替わりましたが
1612年から本多氏4代、1695年には有馬氏8代の居城となり
明治維新を迎えました。




下図は1644年に描かれた、丸岡城の絵図です。
城は五角形の濠に囲まれ、外郭に侍屋敷を配置し、
さらに川を利用して外堀が築かれていました。
廃藩置県後は廃城となり解体されたため、
現在は本丸と天守とわずかに石垣が残り、あとは公園になっています。

越前国丸岡城之絵図(1644年)

                         参考画像 
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/pickup/view/detail/detailArchives/0305000000_4/0000002012/00


こちらが約440年前に築かれた丸岡城天守です。
穴太(あのう)衆による野面積みの石垣や、
無骨で素朴な木造部分、そして石瓦葺きの姿は
質実剛健な初期の城郭建築の特徴をよく伝えているとのことです。





一見地味ですが、見れば見るほどその風格と渋い古色に惹かれます。




日本の城郭で
江戸時代またはそれ以前に築城され、現在まで保存されている12の天守を
「現存12天守」と呼んでいますが、下記の図はそれらを築城順に並べたものです。

丸岡城はご覧のように犬山城と共に大変古いことがわかります。

高さからいえば、一番高い姫路城が31.5m、
次いで松本城、そして松江城となり、
丸岡城は12.6mで、11番目の高さということになります。




https://jp-infographics.jp/culture/



天守に上がってみましょう。
天守入り口へ直進する急な石段には手すりがありません。気をつけて。




天守に続く階段もかなり急勾配です。
その段差も大きく、ややっ、足が上がらない、下に届かない。
後ろ向きに座ってしまう人もいました。
多分登りにくさ降りにくさではトップクラス?




天井の梁は、重い石瓦を支えているので、立派な木が使われています。
最上階の望楼は風通しも日当たりも良く、コンパクトです。




高欄から見た周囲ののどかな風景です。







再びこの不安定なロープと手すりにすがって
降りるとしましょう。





天守への石段の脇に
破損した一対の石製のシャチが、並んで置かれていました。
これは1948年の福井地震の際に、天守閣から落下して割れたもので、
1940年の修復の際、戦時下で銅が調達できず
この石製に取り替えられていたためだそうです。
現在は元の木彫銅板張りに復元されているとのことでした。

丸岡城の屋根に石瓦が用いられたのは北陸の雪対策のためで、
粘土製の瓦に比べ凍結しても割れにくく
積もった雪がくっつきにくいためだそうです。




あまり注目されていないお城ですが
来てみると、戦国時代の戦いに備えた城という位置付けではあっても
日本の城の形状の美しさの原型をみる事ができました。




日も傾き、何とか日程を終えることが出来ました。
今夜の宿に向かいます。

ー続くー