20 Oct. 2016

「丹波篠山あたり」・・・・・さすさら


やって来たのだ。
   阪急宝塚からJRに乗り換え、1時間半。今月17日(月)の14時。
 

デカンショ節で有名なのだ。
   ちなみにデカルト、カント、ショーペンハウエルでデカンショは、後付け。
   ホントは、出稼ぎに行きましょ!なのだ。
 

会社の友人5人が集まったのだ。
 

篠山といえば黒大豆。丹波黒枝豆は、黒豆が熟成する前の青いサヤ状態のもの。
   枝豆としての旬の時期は非常に短いのだ。
   今がその旬、篠山でも黒豆のメッカはここ、川北なのだ。
   厳密にいえば、ここ川北で生産したのが、丹波黒豆なのだ。
 

早速、長靴に履き替え、収穫なのだ。
 

大収穫だ。
 

すぐ横では、この丹波布を織っているのだ。
   これは帯になるそうだ。
 

糸車。手前においてあるのが、綿ですね。
 

左手に綿を持って、器用に糸にしていくのだ。
   綿を捩じって糸にするのだ。
   途切れずにドンドン糸が延びてくるのを、初めて見たのだ。
 

このトートバックも作ったのだ。
 

綿の実ですね。
 

黒豆の隣では綿の木がなっているのだ。
 

ほんで、豆を取るのだ。
 

現役なのだ。この竈は。
 

ここの78歳のおばあさんが面倒を見てくれるのだ。
   豆の片端を切って、茹でやすくして塩加減を見ながら美味しく炊き上げるのだ。
   茹で時間は10分間。
 

さあ、取り立て、茹でたてで乾杯!
 

まあ、食べる食べる!飲むのを忘れそうだが、忘れないのだ。
   糖度が高く、粒が大きいのだ。サヤに産毛が伸び、黒ずんだり、
   茶褐色の斑点がついているのが、特徴なのだ。
 

腹ごなしに、散策はここ。
 

よく読むように。
   廃藩置県前までは、篠山は笹山だったのだ。
 

石垣だけが残っているのだ。
 

大書院前で。
 

後方から。
 

青山神社。
   篠山藩主青山氏を祀っているのだ。
   譜代大名で幕府の要職を歴任した家柄で、中でも12代忠裕は
   30年余り老中を務めたのだ。
   東京の青山は、この青山家の上屋敷があったのだ。
 

四方を山にに囲まれた盆地の中心に広がる城下町なのだ。
   1609年に、天下普請によって徳川家康が西国大名に対する備えや
   大阪城攻略の拠点として築いたのが城郭なのだ。
   まわりに武家屋敷通りや河原町妻入商家群などの街並みがあり、
   篠山は古き良き時代の、いい雰囲気の町になっているのだ。
 

今晩のお宿。
 

枝込1kgが900円。これが相場なのだ。
   枝豆は、嫌と言うほど食べたのだ。
 

それと栗ですね、名物は。
 

どっかで見た構図なのだ。
 

やれやれ。
 

さあ、飲むのだ。
 

松茸もあるのだ。
 

栗のスープ。これが美味しかったのだ。
   作り方を聞いたが、企業秘密だそうな。
   黒豆を食べていたこともあり、お腹いっぱいで、残してしまったのだ。
 

翌朝、窓の外は雲海が・・・
   丹波霧というそうな。
 

朝飯前の散歩。ここは王地山公園の中にあるのだ。
 

散歩の後は飯が旨いのだ。
 

伏見稲荷みたいなのが、あるのだ。
 

よく読むように。
 

江戸時代後期の高田家住宅。
 

これですね。
   ここいらが、河原町まちなみ保存地区なのだ。
   1620年に町が築かれ、商業の町として栄えたのだ。
   東西500mの通りに、江戸時代から昭和前期に至る伝統的な
   町屋が数多く軒を連ねている。町屋の7割以上が妻入りで、
   特徴的な街並み景観を作り出している。2004年に国の食うよう伝統的建造物群
   保存地区に指定されたそうな。
 

おばちゃんと会話をするのだ。黒豆がどっさりと積んであるのだ。
 

秋なのだ。
 

ありゃー!こんなのが。
 

こっちが正式入り口。
 

今度はこっちへ。
 

安間家。
 

なかなか良いところなのだ。
 

中に埋まっているのだ。
 

 

 

藁ぶき屋根を作っているのだ。
 

大正12年に建築された、旧篠山町役場を保存利用した観光拠点。
 

ありゃー!
 

春日神社。
 

よく読むように。
 

本殿。
 

信州産の松茸。
 

こんどはお勉強。
 

NPO法人 バイオマス丹波篠山。
 

ペレットを作っているのだ。
 

勉強の後は昼食。
 

一緒に行った友人の弟の店。
 

たまたま居たお客さんの自転車。
   110万円だそうな。
 

イタリア人の助手もいるのだ。
 

私らの後ろが自転車の持ち主。
 

なんと、出てきたのは?
 

黒枝豆なのだ。
 

かなり、旨いのだ。
 

カルツォーネ!
 

中を割ると・・・
 

大満足のピザだったのだ。
   この後、JRで帰る1泊2日の楽しい旅だったのだ。
 

以上