20 Nov. 2016

東北の旅

 by Yoko

10月12日から4泊で、東北を旅してきました。

旅行の計画を立て、宿泊や交通の予約を取るのはいつも妻である私。

日程の確認はもちろん夫に致しますし、どこへ行くのかも一応相談の形はとりますが

行く先を覆すだけの他の候補地が夫にあるはずもなく、私の思うがままに旅の予定は

進むのが常なのでありました。

 

今回は、夫の気持ちになって夫に成り代わりレポートしてみますので

よろしくお付き合いの程・・・・・

 

夫のボヤキ

 

妻との旅は、私にとっていつもミステリーツアー!

時間もできた私。今でこそどこへ行くのかくらいは把握できているが、以前は車の運転席に座って

「どこへ行くんだっけ?」なんて訊いて、妻にあきれられたこともあるほど何も知らなかった。

妻曰く、ちゃんと説明したのに私が全く覚えていないということらしいが、記憶にないので

一方的に怒られているような気がしたものだ。

 

今回の旅、先ずは山形県の酒田へ向かう。JRのレール&レンタカー割引で予約したチケットを

私が買いに行かされたので、今回は大体のルートは解っているつもりである。

新潟新幹線・ときに乗って新潟へと向かう。

列車の旅では、駅弁が楽しみな妻。

2月も同じルートで新潟の村上まで行ったのだが、そのとき選んだ駅弁をたいそう気に入ったらしく

同じシリーズで「秋露のささやき」を選ぶ。私は軽くサンドウィッチなど。

冷え切った駅弁のどこがそんなによいのか?と思うのだが、まあ人それぞれである。

 

黙々と食べる妻。私に何か食べる?とも訊かず食べ続けたので、余程美味しかったのであろう。

 

途中「八海山!」と小さく叫ぶ妻。一昨年、八海山やその麓の魚沼を訪れ、このあたりを甚く気に入っている妻。

反対側の3列シートの窓からよく見えるので、3列シート側がガラガラに空いていることもあり

私の勧めで席を移す妻であったが、すぐに長いトンネルへ入る。続くトンネル・・・

やっと出たところが越後湯沢駅であった。

八海山は越後湯沢の先、六日町が最寄駅なので、先ほど妻が八海山と思ったのは違う山であったのだ。

ときどき、断定的に間違う妻なのであった。

 

新潟で特急いなほ1号に乗り替える。

 

1時間10分で酒田駅到着。

最近は、駅のホームも趣向を凝らした展示物があったりで妻は面白いらしい。

意味もなく写真を撮る妻。

 

ときの車内、前席でリクライニングをいっぱいに倒しご迷惑さんだった若者の姿を見つけた妻。

「まあ、ここまで一緒だったなんて。」そう感嘆するほどのことでもあるまいと思う。

 

酒田駅。駅前は閑散としている。

 

酒田大火復興祭りの時に、酒田市のシンボルとして選定された酒田獅子頭が駅前に。

 

 

駅近くのホテルに荷物を置いて、市内観光へと向かったのだが駅前から適当なバスがない。

市内循環の「るんるんバス」はこの日運行されておらず、タクシーは使わず歩くことにする。

歩き始める前に、今晩の夕食はここでと決めていたらしい地元の鮨屋へ予約の電話をする妻。

平日だし別に予約しなくとも、と思う私であったが、万が一にでも満席だったらと思うと何も云えない。

後でどれだけ文句を云われることかは長い経験で熟知しているから・・・

 

駅前から延びる閑散としたシャッター通りを歩くこと約20分。「本間家旧本邸」に着いた。

本間家のお雛様は、家庭画報などの婦人誌の雛祭り特集でよく取り上げられているらしく

妻は以前からここへ行ってみたかったらしい。

 

北前船の交易により「西の堺、東の酒田」と云われるほど栄えた酒田湊。

「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と云われたほどの豪商であり日本一の大地主であった本間家。

 

「本間家旧本邸は、本間家三代光丘が幕府の巡見使一行を迎えるための宿舎として明和5年(1768)に新築し、

庄内藩主酒井家に献上した、二千石格式の長屋門構えの武家屋敷です。

巡見使一行が江戸に戻ると屋敷を酒井家から拝領し、商家造りの方で昭和20年(1945)の春まで住んでいました。
桟瓦葺平屋書院造りで、武家造りと商家造りが一体となっている建築様式は、全国的にも珍しいものです。

本間家は「町と共に歩む」ことをモットーとして、飛砂防止のため黒松の植林、学問奨励のため寺社への寄進を行い、

火事の際には、男性は火消し、女性は炊き出しを行い、家中の人々皆で町のために尽力しました。
戦時中、本間家旧本邸には「暁部隊」が設置され、昭和24年から51年までは公民館として利用されました。

その時代々々に応じて、今できることを考えて実行し、歴史を刻んできたのです。」

(本間家旧本邸HPより)

長屋門から入る。

 

長屋門の説明

 

玄関に伏龍の松   樹齢400年の赤松

 

本間家旧本邸内では、スタッフの方がいろいろ説明してくださる。

酒田の言葉なのか、柔らかな抑揚の説明が耳に心地よい時間であった。

 

武家造りの部分と商家造り部分では、使われている木材の種類も違うそう。

公民館として使われていたとき、書道教室が行われたり、結婚式成人式に使われたりの名残で、

襖に墨の汚れがあったり、柱に画びょうのあとがあったり。

当時の姿をみて戴くとの考えで、あえてそのままにしているそうである。

 

もう少し華美なものを想像していた妻は、ちょっと期待はずれであったようだが、本間家の町の人の為に

尽力した姿には甚く感銘を受けたようであった。

弱者救済。地域貢献。公益を第一に考えた本間家は素晴らしい。

 

酒田は兎に角、風が強いところである。この日も風が強く体感温度が低く楽な歩きではなかった。

本間家が植林した砂防林が、酒田の人々にとってどんなに有難かったことかも体感できた。

農民の仕事確保のための、本間家別荘庭園造成など、本間家の地域への貢献は枚挙に暇がない。

 

別館「お店」

 

本間家初代原光の「新潟屋」開業以来、本間家が代々商いを営んだ場所です。
館内には、実際に使用された帳場や度量衡、行灯等の照明具、台所用品、そして商いに使用された看板などを

展示しています。また、酒田は火事が多かったため、これに備えて本間家が用意した消火道具なども展示し、

地域とともに歩んだ本間家の様子を紹介しています。

 

 

 

次は山居倉庫へと向かう。

道標が充実していて判り易い。

 

荷の積み下ろし場所。

山居橋。すぐ向こうに日本海。

山居橋を渡る。

 

山居倉庫

 

1893(明治26)年、旧藩主酒井家によって建てられた米保管倉庫で、現在も農業倉庫として活躍している。

倉庫は土蔵造り、倉庫の屋根は断熱を考慮した二重構造で内部の土間は、にがりを練り固めるなどした

湿気防止構造になっており12棟ある。

そのうち1号棟は「庄内米歴史資料館」に。

12号棟は、レストランや土産物店。11号棟には、歴史や文化の展示コーナーがある。

 

 

 

11号棟の展示コーナーに面白いものが・・・

明治13年 日本全国長者番付。

 

本間家は、あの五大さまより上に。

 

この絵図、右が本間家旧本邸で左がお店。

 

酒田山王祭り祭礼用亀笠鉾

 

説明をよく読むように。

 

 

山居倉庫は、NHKの朝ドラ「おしん」のロケ地だったとか。

 

倉庫の裏側。

風から蔵を守るために植えられたケヤキ並木が美しい。

 

寒風のなか、これから最上川を渡り「土門拳記念館」へと向かいます。

写真向かって右が日本海。

 

最上川を渡り少し行くと「東北公益文科大学」のキャンパスがある。

「公益」の文字が本間家を彷彿とさせる。

キャンパス横には学生向けの寮もあり、とても環境のよいところである。(が、風は強いよ―)

酒田でコンビニを見たのは、この大学の近くのみであった。

 

雲が少し晴れ、やっと姿を現した鳥海山。

構図のことなど考えていないような妻の撮る写真。木の枝が邪魔なのに・・・

行き当たりばったりな妻である。

 

やっと「土門拳記念館」へと到着。妻が前から行きたかったところである。

やたら「前から行ってみたかった」ところが多い妻である。

時々「ほんまかいな??」と思うが、口に出して云ったりはしない。

 

土門拳の古寺巡礼の写真を見たかった妻であるが、この期間はお弟子さんの作品展が

開かれており、土門拳の作品は少なくちょっとガッカリなようであった。

 

この記念館の設計者は谷口吉生氏。長野県信濃美術館東山魁夷館も谷口氏の設計であり

その雰囲気の同一性に納得であった。

 

では、ホテルへ戻ろう。

この寒空のもと、歩いてホテルへ戻る気はしないので記念館でタクシーを呼んでもらって帰る。

流しのタクシーを見かけない酒田市であった。(勿論、あるのだろうが)

 

 

 

 

ホテルでしばし休息した後、妻が張り切って予約をしていた鮨屋「寿し割烹こい勢」へと向かう。

歩いて10分程。

 

6時。すでに先客・3組のご夫婦。

6名で話しが弾んでおられたが、2組は岐阜県多治見より。ひと組は名古屋から。

いろいろ旅しておられる方々のようで、まあ羨ましいと思う妻であったが、

我々もけっこう旅しているのではないか― と声を大にして叫びたい私なのであった。

 

酒の肴も充実で、のどぐろは塩焼きにて。

 

鮨は「おまかせ」がお得でお奨めとのことでそれにする。

日本海の旬の魚を生かした握りに満足。おまかせの最後は、地の魚ではなく大間のまぐろ。

 

日本酒もいろいろあり、な なんと「十四代」が!!

十四代に出会って以来日本酒を呑むようになった妻。もちろん頼む。

 

「こい勢」店主は、こちらが初めての客であるにもかかわらず、ちゃんと名前を呼んでオーダーなど

訊いてくださるのに感心した。気取りなく居心地のよい店だった。

大満足の妻。ここにしてよかったでしょ!?と誇らしげに笑みを浮かべホテルへと戻る。

観光地らしいマンホール蓋の絵。

 

美味しいものを与えておけば大満足で幸せそうな妻。

秋の旅一日目、無事に終わる。                    つづく