18 Nov.2016

「エジプト紀行 その5(ルクソール編)」・・・・・京都のリンダ

ルクソール(古代名はテーベ)は中王国時代から新王国時代に首都として栄え、人口も100万人に達したと言われているが、
その後メンフィスに首都が移り廃れた。

その後ナポレオン遠征により再発見され一大観光地となっている。

街はナイル川を挟んで東西に別れ、古代から東岸は生者の都といわれエジプト最大の神殿カルナックや華麗なルクソール神殿が有る。

一方西岸は死者の都(ネクロポリス)と呼ばれ、死者が埋葬された場所。王家の谷(墓が多数)や王妃の谷、葬祭殿がある。


船はルクソールに着いています。熱気球がいくつも


リゾート地らしくヨットも


すぐとなりにルクソール神殿が朝日を浴びています


対岸の山の向こうが王家の谷でしょう


出発ですが西岸の王家の谷へ、これは東岸の神殿の横を通過です。


日干し煉瓦の工場。こちらの主要な建築材料で空気を通すため涼しいそうです。


橋を渡りますが、はやぶさの像が


まだもう一息ですね


到着しましたが、これはオランダ人の発掘基地


こんな岩山の間を行きます


先ずはバスの発着所に


それらしい雰囲気が出てきました


王家の谷の全体図です


模型、全部で63個の墓が発掘されている。


何故透明化というと、お墓 のへの通路も作ってあり立体化されている。


日本語のポスターが


ここらは日本の協力も多大なものだったようです


この電動カートで奥に向かいます


エジプトらしくツタンカーメンとスカラベ(フンコロガシ)


岩山の中を走ります。


道は綺麗に切り開かれています


谷の入口に着きましたが、ここでカメラは没収!!


ずいぶん広いようですが写真なしです、残念!!向こうにピラミッド風の山が見えます。


ここではラムセス6世の墓、ツタンカーメンの墓、他二つの墓の中に入りました。

最初の二つは壁画が極彩色で残っており神秘かつ華麗な飾りがそのまま残っていました。

少し拝借してみますが、上2つはラムセス6世、下はツタンカーメンの墓で本人のミイラも安置されています。  

「王家の谷写真」の画像検索結果

   
また電動カートで帰ります。この時リンダママが急に♪王家の谷、谷♪と歌い出しました。
昔子供がドラクエをやっている時にそんな音楽があり、急に思い出したそうです。~覚えている人居ますか??


今度はバスで荒涼とした砂漠の中を走ります


少し休憩でアラバスターの工場です。


岩石を器具で内側を繰り抜き壺などに


黄金のマスクの写真が撮れなかったので、これで憂さ晴らし!?



その後、ハトシェプスト女王の葬祭殿です。ここで昔日本人が殺害された事がありました、黙祷。


大きな岩山がぐるっとあります


これは昔から(紀元前1500年頃)の木の根


ずいぶん遠くです


葬祭殿の右側の山


これが全景です


真ん中は棺を担いで登る階段。
女王の像が何本も


迫力あるので斜めからも


レリーフも綺麗に残っています





天井の青(ラピスラズリでしょうか。鮮やかです)も綺麗です。


登りも結構あります


女王の柱の横


本殿の中


見納めにもう一度




ここもカートです


彼処にもお墓が??


(バスから)前に見たピラミッド型の岩山です、反対側に来ています。


メムノンの巨像。右の像が地震でひび割れ、夜明けに音を発したのでギリシア神話のメムノンの名前になった



ここも別の葬祭殿が有った所らしい

ルクソール西岸の巻でした。

ここのお墓では残念ながらラムセス2世の墓は修復中、その妻のネフェリタス王妃の墓(王妃の谷にあり、もっとも美しいと言われている)
は行かずでしたがそれ以外の所も素晴らしい所でした。まだまだ発掘中のところが多数あるようです。

次回は東岸の巻になります。

つ・づ・く