26 July 2016

謎の南米モホス文明

            k.mitiko

 

 

世界の四大文明といえばメソポタミア、エジプト、インダス、黄河文明の

 

名があげられていますが、最近5番目の文明ではないかと言われている

 

南米の未知の巨大遺跡が話題になっています。

 

 

南米の文明にはインカ、アステカ、マヤなどが知られていますが、世界最大の

 

流域面積と熱帯雨林を持つことで知られているアマゾン川流域にも高度な

 

巨大文明があったのではと目下発掘調査が行われているところです。

 

 

日本ではほとんど知られていませんが、アマゾン川全域に渡って古い文明の

 

遺跡や痕跡が、いたるところで発見されおり、中でも最大規模の遺跡が

 

ボリビアで確認されています。

 

 

アンデス山脈の東側で、アマゾン川河口から約4千kmの所に「モホス大平原」

 

と呼ばれている海抜200mの低地があり、ジャングルではないこのボリビアの

 

アマゾン流域一帯に、広さ25万k㎡(日本の本州に匹敵)も及んで遺跡が散在

 

しています。

 

 

アマゾン川流域に痕跡を残したこの文明の一番の特徴は、自然を排除するような

 

文明を築いたのではなく、自然を利用しながら、大改造計画を実施したことで、

 

自然環境を人が住めるように変えながらも、環境と調和していることです。

 

 

どのような方法で、この自然改造計画がすすめられ、どれくらいの成功を

 

収めたのか、その方法が失敗であったのか、成功であったのかはこれからの

 

発掘に待たなければなりませんが、そこを探ることに、現代的意義がある

 

のではと言われています。

 

 

モホス大平原は雨季になると冠水し、乾季になると平原になるという特殊な

 

地域です。こういった所では、いかに水をコントロールするか、といった

 

ことが重要になります。その水をコントロールする高度な技術を、古代人は

 

持っていたようです。

 

 

発掘をすすめる中で、モホス大平原は雨季になると氾濫原になりますので、

 

居住地や耕作地が冠水しないようにしていました。それは、盛り土をして

 

居住地や高められた耕地を作ったりする土木事業が行われていたようです。

 

人工的に高められた古代人の居住地跡は「ロマ」(スペイン語で丘の意味)

 

と呼ばれています。

 

ロマは大小さまざまあり、大きいものだと直径が600-700mもあり

2万個近く見つかっています。ロマは雨季になると島になるために、

ロマとロマを直線で結ぶ「テラブレン」と呼ばれる道路網が確認されていて、

このテラブレンは放射状に延びており、雨季には島のように散在して

いるロマ同士を結んでいました。

 

モホス大平原のテラブレン(道路網)の総延長は5千km以上あり、テラブレンの

特徴はどこまでもまっすぐで、その脇には運河が延びていました。その他人造湖も

2千個見つかっており、その人造湖は治水目的だけでなく大規模な魚の養殖を

やっていたようだということが、最近分ってきました。

 

この人造湖のほとんどは正方形、または長方形で、同じ方向を向いていますが、

その理由は分っていません。その他、自然の地形を利用した養魚池で稚魚を

ふ化させていたような形跡もあるそうです。正方形の湖の一辺は20kmもあり、

また平原には無数の耕作用地が広がっていて、このような壮大な土木工事を

行っていたということは人口の集中なしには考えられません。

 

これまで古代文明というと、神殿やピラミッドなどの建築や都市遺構、住居跡など

から、その時代の社会体制を推測することが多かったのですが、「古代モホス文明」は、

都市遺跡というよりは、農業遺跡といえるような遺跡です。現在500k四方に及ぶ

モホス大平原のいたるところに、壮大な農業遺跡が確認されています。

 

この農業遺跡が造られた年代は、まだ十分に解明されていませんが、今わかって

いるものは、紀元前800年程度が最古であり、その状況から考えて、調査が

進めば相当時代がさかのぼるといわれています。

 

写真からもわかるように、これは、自然を作り変えるほどの規模であり、

自然の力を利用して、生態系を作り変えるような壮大な農業文明といえる

かもしれません。治水技術などを駆使したこれほどの自然改造は、小さな

共同体レベルでは出来ないようです。モホス大平原では、単一集団の力では

到底解決できないものが、自然を克服し、治水により農作物を育て、ロマの

ようなマウンド(盛り土の人口島)を土木技術により生活域を確保する。

考えてみれば治水などの大規模な自然改造は、集団が協同することによって

しか成立しなかったのではと考えられ、ここに人類集団が社会を形成して

きたヒントがあるのではないでしょうか。

 

雨季に氾濫原となり水没してしまう台地は住むためには過酷ですが、一方で

農業を可能とする肥沃な土地を生み出します。ロマやテラブレンなどの壮大な

土木建築物と治水技術を駆使して、過酷な自然環境に適応してきた人知には

恐るべきものがあるのではないでしょうか。

 

20世紀初頭にスウエーデンの民族学者によって発見されたこの遺跡は、

ロマから出土する巨大人骨(180cm)や土器などさまざまな出土品や

年代などで、論争が起き、それは現在も続いています。しかし現在では

ここに想像を絶する巨大文明が存在したことは否定できなくなっています。

大自然にあえて逆らおうとはせず、逆に自然から最大限の効果を引きだし、

自然の脅威に立ち向かった古代人の勇気と計り知れない知恵には驚かされます。

 

中南米には、マヤ、アステカ、インカ、ティアワナコ、チャビンなどの古代文明が

栄えたことで知られていますが、それらに影響を与えたもっと大きな存在が背後に

あるのではと考えられています。もしそうだとすれば、これらの文明を生みだした母体は、

推定で紀元前8000年?~紀元1200年ごろまで続き、都市を持たず、ピーク時の

人口は指定1千万人も居たこのアマゾンの大地が起源だったということも考えられます。

 

発掘は現在も進行中でやがてその成果が様々な分野から認知されていき、人類の第5の

文明と認定される日がくることを私は楽しみにしています。結果次第では、アフリカに

誕生した人類の世界への拡散の定説も覆る可能性も秘めているようです。

 

 

参考資料  衝撃の古代アマゾン文明    実松克義


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