02 Aug. 2016

2016年5月連休の旅(10)熊野那智大社 青岸渡寺 大門坂 

T.H.

《熊野那智大社》


快晴の那智山です。曲がりくねった車道を上っていきます。




下図の長い階段が熊野那智大社への参道になっています。
まずここからスタートしました。




身軽になるため、参道入口に近い今夜の宿、「美滝山荘」に立ち寄り荷物を預けました。
那智山に1軒だけという、小さな民宿の玄関先です。(参考画像)




いよいよ参道入口です。                 だいぶ上まで登ってきました。

  



階段の途中にあった、熊野御幸の際の上皇の宿舎となった「実方院」の跡です。(参考画像)




今のたたずまいです。




あとひと息で一の鳥居です。





「那智山熊野権現」の扁額の下でちょっと休憩。




御祭神を表す立て札がありました。
熊野3山共通のイザナミ、イザナギ、スサノオの尊の3神です。




龍神の手水社(ちょうずしゃ)もありました。




さらに続く二の鳥居への階段です。




二の鳥居まで上り切ると、そこは熊野那智大社の境内です。
やれやれ着きました。




拝殿です。背後には神々を祀る本殿が並んでいます。
こちらの那智大社の起源は、
はるか昔から自然崇拝として祀られていた那智の滝の神を
仁徳天皇の317年にこの山腹に移し、
夫須美大神(イザナミの尊)を中心に合祀したことに始まるそうです。
那智の滝のある場所は別宮飛瀧(ひろう)神社となりました。
6世紀の仏教伝来後は、これらの神々と仏とを併せて祀るようになったといわれます。




平重盛手植えの(くす)の木が立っていました。
樹齢800年 樹高27mです。(参考画像)




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《青岸渡寺》


那智大社に隣接した天台宗の青岸渡寺(せいがんとじ)の境内です。
大社との境界に立つ丹と青の塀越しに
大社正面からは見えない、本殿の屋根の千木(ちぎ)の並びが見えます。
神社とお寺が一体化していた歴史が感じられる光景です。




あくまで伝承だそうですがこのお寺は仁徳天皇の4世紀にインドから漂着した開祖裸形上人
那智大滝での修行中に滝壺で発見した八寸の観音像を
草庵に安置した事に始まるとの事です。

推古天皇の7世紀初頭、
この観音像を胎内に込めた3mの観音像(秘仏)を祀る本堂が創建されたと云われます。
現在の本堂は、織田信長の南紀征伐による焼失ののち、
天正18年(1590年)に豊臣秀吉が再建したもので
熊野地方で最も古い建造物(重要文化財)といわれています。

明治の廃仏毀釈によって熊野の本宮大社と速玉大社では寺は破壊されましたが
那智大社では仏像や仏具は補陀洛山寺に移され破壊だけは免れたとのことです。
青岸渡寺の名が付けられたのは明治7年の事で、以後天台宗の寺としてこの場所に復興されました。




こちらは本堂の秘仏の厨子前に安置されている如意輪観世音菩薩です。
この本堂も昔は如意輪堂と呼ばれていたそうです。




またこのお寺は、西国第一番札所になっています。
これはかつて19歳で出家した花山法皇が、那智山に千日篭ったのち、
ここを起点に西国三十三ケ所観音霊場巡拝の旅に出たことによるものだそうです。




花山法皇は西国巡礼の祖と崇められています。




下の地図を見ると西国三十三箇所には
ずいぶん有名な寺院が含まれているんですね。

当方主人の故郷では宗派を問わず、
どの家もお盆や仏事には親戚縁者が集まり、御詠歌を唱和するのですが、
(当然私は訳も分からず、長いな〜と思いながら口真似していたに過ぎませんが)
その御詠歌がこの西国三十三箇所巡りの歌であることに
今回初めて気がついた次第です。

確かに御詠歌は「第1番・那智山・青岸渡寺」と先達が読み上げ、
〽︎補陀洛や 岸うつ波は三熊野の 那智のお山にひびく滝津瀬」と
鐘に合わせたゆっくりとした独特の節回しで唱和が始まり、33番まで続きます。

西国三十三箇所巡礼地図 参考画像




こちらの梵鐘は1324年のものだそうです。




この山門は熊野古道の大門坂を上ったところにあったものを
ここに移設したものだそうです。(参考画像)




このあと那智の滝の方へ降りて行きました。

明るく開けた空間に3重の塔那智の滝が一望できるところへ出ました。
本当に素晴らしい眺めです。




この高さ25mの3重の塔は本堂と滝のほぼ中間に建っています。
1581年に焼失しましたが、約400年後の1972年に再建されました。




撮影場所によって、塔と滝が同じ高さに並びます。




行った証拠です。
高野山とくらべると当地は南国という感じで5月連休はすっかり初夏の陽射しです。




塔に上りましょう。
補修が済んで、丹塗りが鮮やかです。








遠くに熊野灘が霞んでいます。





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《飛瀧神社》



3重の塔から飛瀧(ひろう)神社入り口まで山を下る石段です。
大小の自然石を踏みながら降りるのは意外と疲れます。




飛瀧神社の入り口です。大瀧は那智大社の御神体のひとつで
こちらは別宮という位置付けです。




石の鳥居が立っています。




那智の滝へと下る山道です。




林の中を真っ直ぐに落ちる滝の姿が見えて来ました。




飛瀧神社です。
この滝は古来神として崇められ、この地は霊場として栄えましたが、
仁徳天皇の4世紀の頃に神々は山上の社に移され、祀られました。




ここではこの鳥居の向こうの山と木々が神の居る社とされ
社殿は造られていません。








落差133mという日本一の高さです!




人々がこの滝を見つけ、自然崇拝の形で祀り始めてから
どのくらいの時が経つのでしょうか。




この下が滝壺です。




より近くから滝を見るために赤い欄干のところまで登りましょう。




「飛龍神社 拝所」と記されています。




近寄ると轟音と共に、霧雨のようなものが降ってきます。




このお拝所まで来れて感動でした。




ところで、那智大社には日本3大祭に数えられる
「扇祭り(那智の火祭り)があります。
これは毎年7月14日に
大瀧の神々が那智大社から飛瀧神社に里帰りをするのを迎える祭りで
扇で飾った縦長の神輿を、氏子たちが60kgの燃え盛る大松明で浄める儀式だそうです。

滝に見立てた神輿の前に立つ神官。(以下参考画像)



こちらは室町時代から引き継がれている大変珍しい田楽舞だそうです。
(重要無形文化財)



水と火は神事に欠かせない要素なのですね。



http://cojika.net/featured/nachi/



滝の方から下流を見た景色です。殆ど水が見えないのは
滝つぼに落ちた水が地面の中を伏流しているからでしょうか。




再び林の中の石段を登り、飛瀧神社入り口まで戻ります。




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《大門坂》


「那智の滝前」から「大門坂」バス停まで移動しましょう。(参考画像)




「大門坂」バス停近くの駐車場です。これから皆さんマイカーで帰途につくようです。




しかーし、我々はこれから「大門坂」を登ります。
16:00。やや疲れ気味。




南方熊楠が3年間滞在した、「大阪屋旅館跡」です。




石造りの鳥居の向こうの赤い振ヶ瀬橋は、
那智の聖域と俗界を分かつ結界とされて来たそうです。








「大門坂茶屋」と書かれていますが、ここは平安衣装のレンタルのお店だとか。
市女笠の乙女や公達に出会うのも楽しみ。




こちらの2本の大木は樹齢約800年といわれ
「夫婦杉」の名が付いています。




こちらは「多富気(たふけ)王子跡」の石碑です。
かつて熊野古道沿いには99の王子があったといわれ、
ここは那智大社を目前にした、最後の王子でした。




前も後ろもここは熊野古道。




杉の木立の中、苔むした素敵な石畳が続きます。




古道歩きの愛好会の一団にも出会いました。








もしこのあたりに平安乙女が歩いていたら絵になるのにと思いましたが
残念ながら時間が遅かったのか全く出会わず、参考画像でどうぞ。

それにしても昔の女性は、硬い石の道を草履で歩くのは大変だったことでしょう。




登り切ると、那智大社と青岸渡寺への参道に出ました。
当時坂の終点には大きな山門があったので、この大門坂の名が付いたそうです。

こうして参詣道の最後の650mを歩いてみることで
かつて、長い時間をかけてここへ到達した人々の感激を
少しは想像することが出来たかなと思います。


そのまま宿の美滝山荘まで歩き、やっと日程を無事終了しました。




2階の部屋に通されました。
窓の外に那智の滝が見えます!
低い轟音のような音がここにも響いていました。




お部屋はシンプルな畳敷き、布団の上げ下ろしはセルフサービス。
お風呂とトイレは共用、洗面所は廊下です。

欧米からと見られる外国人が多く、不便を感じないのかなとちょっと心配でした。
壁が薄いので隣の部屋の英語とおぼしき会話も聞こえていました。


夕食を知らせるアナウンスは英語でも。食堂で一斉に始まります。
なかなかご馳走で、デザートも手作り。
ごはんはジャーからセルフサービスでした。




夜中に窓の外を見ると、山の上なので周囲が暗いからでしょうか、
満天の星空に驚きました。


朝食は撮りそこないましたがサイトの画像とメニューがほぼ同じでしたので
参考画像としてお載せしました。




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これで熊野3山のお参りも無事済み、バスで那智の海沿いへ移動です。





こちらはバスが経由した那智駅です。朱色の柱がいいですね。




こじんまりとした駅です。




紀伊勝浦駅でバスを降りましょう。




お昼はサイトに出ていた駅前のまぐろ丼のお店へ・・・
ところが長蛇の列でとてもじゃなく、時間もないのでその隣のガラ空きのまぐろ丼の店へ。
参考画像




え?ミックス丼? ともかく地元の味を大急ぎで。
参考画像




紀伊勝浦駅のホームでスタンバイです。




そこへ入って来た電車は・・・




特急「南紀」名古屋行きでした。



それでは次の目的地へ!


ー続くー