07 Feb. 2015

マレー辺り その2  さすさら

そうなのだ。これは避難経路にしてはおかしいなぁ?と思っていたのだが。
   皆から教えられたのだ。「メッカ」の方向を示しているのだ。
  
   
こっちに向かって、イスラムの人々はお参りをするのだ。
   この国は人口約3000万人のうち、マレー系が67%。そのほとんどがイスラム教なのだ。
 
   あと、中国系が25%、インド系が7%なのだ。
   だから、宗教は仏教、ヒンドゥー教、キリスト教などがあるが国教はイスラム教なのだ。
 

翌朝7時、日本時間だと8時だが、まだ夜が明けていないのだ。
   朝飯を食べに行くのだ。
   こんな店がホテルの側に幾つもあるのだ。
 

お茶を飲みながら、出来上がりを待っているのだ。
 

出来上がりだ。
 

平島が喜んでいるのだ。可愛いお嬢さんが持ってきてくれたのだ。
 

上温湯も嬉しそうなのだ。
 

辛い麺にはやっぱりタイガービールが合うのだ。
   朝から飲むビールは美味しいのだ。
 

食べ終わったころには、夜が明けているのだ。
 

まるで映画の撮影ができるような街並みなのだ。
 

SEREMBANの街だ。
 

後ろがホテルだ。
 

大阪が指差しているのは、カバーが破損、ガムテープで補修したのだ。
   関東組が借りた時には、壊れていて、指摘すると、外れて無くなってもいいのだそうだ。
 
 

我々5人のお供はトヨタ。日本にはない現地車だ。
 

7人乗りの後ろのシートを荷物入れにしてのドライブなのだ。
 

込み合っているのだ。
   ルートを確認だ。
   セランバンからKLを通過して、ペナン島まで370kmを走るのだ。
 

ガソリンの補給だ。
 

この車は「INNOVA」というのだ。
 

高速道路の脇はオイル椰子だらけなのだ。
 

休憩だ。
 

アイスクリームが美味しいのだ。
 

結構高いのだ。
 

もちろんイスラムの人も食べるのだ。
 

バナナが下がっているのだ。
 

今度は大坂が運転なのだ。
 

とりあえずIPOHの街を目指すのだ。結局は行かなかったのだが・・・
 

この永田作成の「マレー半島周遊ルート案」を参考にするのだ。
 

右側を走っているのは?
 

おまわりさんだ。
 

今回は国際免許を持ってきたのは永田と大坂の二人なのだ。
   この二人にお任せなのだ。
   後の3人は後部座席で、好きなことを言っているのだ。
   運転役の二人には、感謝なのだ。
   

ペナン島のGeorge Townに向かうのだ。
 

「タッチ&ゴー」のカードを触れるだけなのだ。
 

やっとペナン島へ渡る橋に来たのだ。
   ここに来るのにどれだけ苦労したか。
 

ペナン島へ渡る橋は2本あるのだが、1本目の橋を見落として、
   2本目の橋を1本目と勘違いして、2本目が無い無い、と大騒ぎだったのだ。
 
   船頭多くして、車、橋を渡る、なのだ。
   ここのところは当事者じゃないとわからないくらい、大騒ぎで楽しかったのだ。
 

おかげで、なんとかペナン島へ到着したのだ。
   ホテル前で記念撮影。
 

オッと、人力車だ。
 

昼飯だ。当初の予定はイポーの街で食べる予定だったが、予定は未定なのだ。
   予定通りにはなかなか行かないのが人生なのだ。
   とりあえずは乾杯だ。
 

幹事長永田は金の計算で大変なのだ。
 

この女性が作ってくれるのだ。
 

どうだ!美味しそうだろう!
 

このおじさんも頑張っているのだ。
 

 

店の雰囲気がわかりますね。
 

デジカメのシャッターを頼むのが楽しいのだ。
 

今晩の部屋割りだ。アミダで公平に決めるのだ。
 

ガソリンの補給をしょっちゅうやるのだ。
 

ホテルでチェックイン。
 

BAYVIEW  HOTELの相場。1000円で28.3RM。
 

なかなかの部屋なのだ。
 

ジョージタウンの見学だ。
   この島は南北24、東西15kmのインド洋に浮かぶ大きな島。
 

この街は古くから交易船の寄港地として栄えたのだ。
「ペナン」とは、マレーシア語でヤシ科のビンロウジュのことなのだ。
 

この島は人口70万人。過半数が華人でマレーシアで最も華人が多いところだそうだ。
 

5人組が行くのだ。
 

この国の第二の観光都市なのだ。歴史とリゾートの街だな。
 

あっち側の街。
 

屋台があちこちにあるのだ。
 

このペナン島はイギリスがマレーシアに最初に入植した地で、
   1786年イギリス東インド会社が東南アジア進出の拠点にしたのだ。
 

そしてプリンス・オブ・ウエールズ島となって、
   東西貿易の中継地である自由港として発展してきたのだ。
   
   それにより、西洋、中国、イスラム、ヒンドゥー文化が融合する
   独特の雰囲気を持つ街並みができたのだ。
 
  どうだ、よく調べただろう。
 

二階建てバスが走っているのだ。
 

 

 

イベント会場を作っているのだ。
 

コタ・ラマ公園。
 

大砲なのだ。
 

コーンウォリス要塞。1786年、海に向かって作ったのだ。
 

 

マレーシア海軍だ。
 

世界一周ができる大きな船が入っているのだ。
 

要塞には入らず、写真だけなのだ。
 

ビクトリアメモリアル時計塔、1897年。
 

歴史的価値のある建造物が多いことから、2008年にユネスコにより、
   半島側のマラッカとともに、ジョージタウンが世界遺産に登録されたのだ。
   

なかなかの街なのだ。 
 

 

古い町並みなのだ。
 

 

 

歩き疲れたら、ビールで回復だ。
 

この角の店。
 

正月の準備だ。
 

 

これが
 

ここ。修理中だったのだ。
 

 

 

よく読むのだ。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この娘は関係は無い。
 

疲れたので、ホテルに帰るのだ。
 

 

人力車と書いてあるぞ。トライショーというのだ。
 

10分ほどでホテル着。10RMだ。
 

時間があったら・・・
 

南国にはビールがよく似合うのだ。
 
 
これから、楽しい夕食なのだ。
まだまだ、旅は続くのだ。