09 May 2014

吉野奈良あたり  その3  by さすさら

三日目の朝食だ。子どもの日だ。残念ながら雨模様。
   連泊の効果か、昨日と違って、席が一番奥座席だ。
 

竹林院の朝食はホントに美味しいのだ。
 

展示物がいろいろ。
 

 

 

 

 

2泊分の清算だ。
 

ケーブル駅だ。
 

さぁーて、来年の桜の季節には来るのだ。楽しみなのだ。
 

吉野でここを外してはいけないのだ。
 

 

 

 

朝一番でもあるが、すがすがしい場所なのだ。
   

体の中に、スーッと風が吹き渡るのだ。一瞬で気持ちが良くなるのだ。
 

 

でっかい紅葉なのだ。
 

 

 

ホンで次にやって来たのがここ。日付がまだ変わっていないのだ。
   ここに車を置いて、歩くのだ。
 

よく勉強するのだ。
 

 

 

 

戻ってきたら、日付が正しくなっていたのだ。 
 

 

よく読むように。
 

これがそうなのだ。
 

この3人の女性と撮りっこしたのだ。
 

これは文武天皇。
 

 

同じパターンですね。
 

 

遺跡の宝庫なのだ。
 

ここを見学だ。
 

 

歴史好きの修猷男児なのだ。
 

ここら辺を歩くのだ。
 

ゆるきゃら。
 

 

雨具をつけて歩くのだ。
 

ここにあるのだ。いやあったのだ。
 

 

 

古墳をこれで覆っていたのだ。
   中のキトラ壁画が東京で修復され保存されるので、この建屋は不要になったのだ。
   ここに古墳がそのまま露出するということですね;。
   丁寧な説明、わかりましたか?
 

お次はここら辺。
 

突然ですが・・・
 

これは是非とも見ておくように!
 

 

違ったほうから。
 

これくらいで。
 

 

 

 

 

 

 

そーか、これが・・・
 

 

中に入れるのだ。
 

このおじさんがボランティアで説明しているのだ。
 

 

横穴式石室を持つ方形墳で、7世紀初め頃の築造。既に古墳上部の封土は失われ巨大な
   天井石が露出した姿になっています。
   6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓といわれています。
   
   「石舞台」の名の由来については、一般には石の形状からとされていますが、昔狐が女性に化けて
   石の上で舞を見せた話や、この地にやってきた旅芸人が舞台がなかったので仕方なく、
   この大石を無体に演じたという話もあります。
   (このあたり、THさん風に)
 

参考までに。
 

次はここ。よく読むのだ。
 

我が国最初のお寺なのだ。由緒正しいお寺なのだ。
 

飛鳥大仏。推古天皇が609年に止利仏師に作らせた日本最古の仏像なのだ。
   正座をし、心して拝顔するのだ。酒などを飲みながら見てはいけないのだ。
 

 

入場料はこれですが。
 

こっちから入ったら、無料だがやらないように。
 

蘇我入鹿はここで首をはねられたのだ。
 

ここから大化の改新が始まったのだ。
   645年中大兄皇子と藤原鎌足なのだ。読まない人のために。
 

 

 

 

これです。
 

そんで、昼食はここ。
 

 

とろろ飯なのだ。
 

ここでハプニングだ。
   編集長が頼んだのが、バニラ&抹茶。
 

これが出来ないのだ。
   バニラも出来る。抹茶も出来るのだが。バニラ&抹茶は出来ないのだ。
 

出来るのを待つ間、この女性を見ていたのだが、
   結局、ここの親父さんがギブアップをしたのだ。
 

この後、今夜の宿泊先へ。
 

部屋に荷物を入れて、一休みなのだ。
 

「しび」ですね。屋根の上に乗っているのだ。
 

2階から見たフロント。
 

おっと、彼が来たのだ。
 

 

これも。
 

ボケているのがいいのだ。
 

 

 

そうです。3泊目は奈良ホテルなのだ。
 
 
まだまだ続くのだ。
 
その3は90枚だ。質より量なのだ。
 
 
あら、尊や。
老いの清しさ。