03 June 2014

東京あたり  さすさら


久しぶりの東京なのだ。
 

 

こっち側の東京駅は本当に久しぶりだ。
 

5月31日の土曜日。昼過ぎだ、暑いのだ。ここは日本橋人形町。
 

東京水天宮があって。
 

この幟が立っているのだ。
 

明治座なのだ。ここを通って抜けると。
 

 

ここなのだ。目的地は。
 

中には加藤清正公の寺もあるのだ。
   ここは熊本藩の下屋敷があったところだそうだ。
 

位置関係はこれで確認するように。
 

隅田川に出れるのだ。
 

ここだ。
 

地下にこれがあるのだ。
 

今から練習開始だ。
 

同級生の北郷。
 

一つ下の帆足。修猷剣友会の会長。
 

同じく谷山。彼が京大主将で帆足が九大の主将。
   若かりし頃、旧帝大戦で大将同士で決勝戦で戦ったそうだ。
   その時の審判が修猷剣道部のの金広先生で、
   喜んだそうだ。
 

道場で、この雰囲気を味わうとぞくぞくしてくるのだ。
 

1時間半の練習が終わり、記念撮影だ。
 

右端は二つ下だ。3年の時の1年生で可愛かったのだが・・・
 

彼が音頭をとって、修猷剣友会関東支部を作ったのだ。
   そう、今日がそのスタートの日なのだ。
 
   お前も出て来いと、2週間ほど前に電話があったのだ。
   「お前から電話をもらったら、行かんとしょうがないなぁ!」で今回の上京になったのだ。
 
  なんで、こうなったのかというと:
  東大剣道部が部員確保のために関東圏の進学校の剣道部を集めて親善剣道大会を
  始めたのだ。それに加えて、地方からも呼ぼうと言う事になり、撰ばれたのが灘と修猷。
  ようは、合格しそうで、剣道をやりそうなものを招待するのだ。
  現役で東大の剣道部には現在、修猷は4人いるそうだ。
  そういう訳で、2月に18名の剣道部員がやってきたのだ。その時OB,OGに声を掛けて、
  集まったのが、30名ほど。
  それで、続けようということになったのが、今回なのだ。
  福岡からは帆足会長他3名、関西からは私。合計43名。上はS32年卒から下は現役大学生まで。
  
  私と北郷が上から4番目なのだ。年を感じるのだ。
  2月の時にも福岡の高校でこれだけ集まるとは、と他の高校のOBらはビックリしていたそうだ。
 

やれやれ、お疲れ様。
 

日本橋のここで懇親会だ。
 

左の彼は修猷の時は剣道部ではなかったが、一つ下の伊藤氏。
   帆足と谷山と今日は欠席だが大浦弟の同級生。元警視総監。
 

懇親会であいさつだ。
 

 

 

久しぶりで館歌を歌い、エールを送ったのだ。
 

警視庁の剣道部総監督から特製の竹刀袋を貰ってご機嫌なのだ。
 

2次会はここ。日本橋では有名だそうだ。
   

刺身が出たので、醤油がないぞ、と言ったら、塩で食べてくれと怒られたのだ。
    ここの親父はうるさそうなのだ。 なかなかの寿司屋だ。
   久しぶりでの旧交を温めたのだ。H7年の福岡での剣道部100周年の集まり以来だ。
   19年ぶりだったのだ。「また、剣道始めましょうよ、先輩」と言われたのだ。
 

そんで、泊まりは娘のところ。
   フレンチブルドックの小太郎だ。7歳男子だ。
 

どうだ、このりりしい顔は。
 

場所は白金で、翌日曜は午前中は散歩だ。
 

歩いて10分ほど。
 

ここだ。
 

なかなか、由緒正しいお寺なのだ。
 

よく読むように。
 

門も素晴らしいのだ。内側から見たところだ。
 

左横にあり、ここに赤穂浪士47士が眠っているのだ。
 

血染めの石、血染めの梅だ。
 

首洗井戸。
 

天野屋利兵衛は男でござる!
   利がつくのはいい男なのだ。
 

 

こんな風に並んでいる。
 

 

泉岳寺から5分ほど歩くと。
 

これがある。
 

 

門の過ぎ間から写したのだ。
 

小太郎を連れて、昼食だ。
 

近くのパスタ屋さん。
 

そんで、今回せっかくだから飲もうと声を掛けたのがこの4人。
   修猷同窓生のHMNグループだ。
   左から、宇野、上温湯、平島、私、永田。
 

銀座4丁目の「がんこ」だ。
   12月にマレー半島に行こう、計画するのだ。
   話がまとまったのだ。遊ぶ話はすぐ決まるのだ。
 

銀座並木通りを有楽町駅へ。
 

明るいうちに散会だ。今日中には神戸に帰り着くのだ。
   明日は朝早くから、ゴルフのPGAツアーを見るのだ。
 

松山が優勝だ。面白かったのだ。
 
以上