06 June 2012

「さすさら 種なしブドウの話なのだ」

私が住んでいる岡山は「晴れの国」がキャッチフレーズ。

気候温暖で、桃、ブドウの産地なのだ。

それで、以前から気になっていたことがある。

種なしブドウはどうやってできるのか。

自然にあるものなのか?

種なしブドウの木はあるのか?

このお父さんが教えてくれるのだ。
    昨年から頼んでいたのだ。
    種なしブドウを作るときは教えてくれ。
    見学に行くから、と頼んでいたのが
    やっと、実現。


岡山市の東の方にある。中心部から車で30分ほど。


こんな感じ。



これは不味かった、じゃない。「マスカット」。
    温室で育てて、早めに出荷するのだ。
    重油代が大変だ。


これはもう少し大きくなってから出荷。
    剪定して形を整えてある。


野外で。



一本の木が大きい、というか、枝が長く伸びているのだ。



竹やぶの前は栗の木。毎年、秋になったら、取りに行く。
     嫌というほど実るのだ。 
     筍は取り放題。


これはみかんの木。



これはユズ。歌手ではない。
    後は、イチジクと、なんでもあるのだ。


これがブドウの花。黄色い小さなヤツ。



この花が咲いたら、液体に浸けるのだ。



こんな感じ。1秒ほどだ。浸けるのは。


浸けた後。


これが秘密の液体。
    これで、種をなくすのですね。
    今は、ほとんどが種なししか売れないから大変なのだ。


夫婦で大忙し。今がピークなのだ。
    この作業の。


こんだけ手を掛けるから、高級品になるのだ。
    儲け過ぎて、たまりませんなぁー!と言ったら
    それは、買っている人が高いだけ。
    私らが売るのは安いのよぉー!
     これは、お母さん。


私はやらせもらいませんでした。
    真似だけ。


このお母さんが乗っているのは年季が入った
    脚立なのだ。ここのおじいさんが60年ほど前に
    作ったものだそうだ。


これもそうです。
    そうです。もう、ブドウ農家4代目なのです。


これらの木々は30年ほど経ていて、かなりな  
    老齢だそうだ。 


若い枝が出ているのが分かりますね?
    古い枝を切って、新しい枝を伸ばすのだ。
    これも限界があるのだ。


こうやって、新しい苗を植えているのだ。
    これは、3年前に植えたもの。


しかし、このお父さんは私よりも4歳年上。
    私の会社の得意先で、兼業農家なのだ。

    この夫婦の最大の悩みは跡取りがいないこと。
    新しい苗を植えても出荷できるようになるには
    後10年くらいかかるのだが…
  
 
    
これで、種なしブドウはどうやってできるのか、分かりましたね。
このページは勉強にもなるのだ。

ところで、やっと分かったのだ、
ザッハトルテの売っているところが。

実感できるなぁ。
編集長の写真は。

重たいのを御苦労様でした。
食べた後で、感謝するのだ。

以下、「ウィキペディア」より。

ザッハトルテ(:Sachertorte,ウィーンではサハトルテかサッハートルテ)は、オーストリアの代表的な菓子トルテ)である。
古典的な
チョコレートケーキの一種。ザッハートルテとも呼ばれる。

小麦粉バター砂糖チョコレートなどで作った生地を焼いてチョコレート味のバターケーキを作り、アンズジャムを塗った後に、
表面全体を溶かしチョコレート入りの
フォンダン(糖衣)でコーティングする。スポンジを上下に切り分けて、間にジャムを塗る場合もある。

箸休めとして砂糖を入れずに泡立てた
生クリームを添えて食べる。

こってりとした濃厚な味わいを特徴とする。ウィーンホテル・ザッハーの名物菓子であるが、今日では広く世界各地で作られており、
チョコレートケーキの王様と称される。

歴史

1832年に、クレメンス・メッテルニヒに仕える料理人の一人だったフランツ・ザッハードイツ語版英語版が考案した[1]
飽食した貴族たちのために新しいデザートを作れというメッテルニヒの要望に応えたものであった。ザッハトルテは大変に好評で、
翌日にはウィーン中の話題になったという。当時はザッハーはまだ16歳で下級の料理人にすぎなかったが、ザッハトルテの成功から頭角を現した。
ザッハトルテはフランツのスペシャリテ(特製料理)として好評を博しつづけた。後に次男のエドゥアルトが
ホテル・ザッハーを開業すると、
ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供された。

レシピは門外不出とされたが、3代目のエドマンド・ザッハーのときにホテル・ザッハーが財政難に陥ったのをきっかけに、資金援助をしたウィーンの
王室ご用達のケーキ店「デメルドイツ語版英語版」が、代償にザッハトルテの販売権を得た。
この際に、「元祖ザッハトルテ」の文字をケーキの上に
ホワイトチョコレートで描く権利も譲渡したとも言われる。

ここで、デメルの娘がザッハーの息子に嫁いだ際にレシピが流出したとする話があるが[2]、事実とは異なる俗説である[3]
その後、ハンス・スクラッチ『ウィーンの菓子店』という本にまで、秘密のレシピは掲載されてしまった。ついにはホテル・ザッハー側が、デメルを相手取って
商標使用と販売の差し止めを求めて裁判を起こす事態となった。7年に及ぶ裁判の結果、デメルのものもデメルのザッハトルテ(Demel's Sachertorte
として売ることが認められた。ホテル・ザッハーのオリジナルザッハトルテ(Original Sacher-Torte)はアンズのジャムを内部にも挟むのに対し、
デメルのザッハトルテは表面にのみ塗る、という違いがある[4]

なお、ザッハトルテは最古のチョコレートケーキと言われることもあるが[5]18世紀前半には文献上にチョコレートケーキは出現しているので誤りである。
チョコレートを混ぜたケーキはヨーロッパ各地にみられ、ザッハーが最初に生み出したものではない[6]