12 Jun. 2013

南紀・熊野古道の旅―第2弾」・・・・・手打ち庵

 

さて、この旅もいよいよ佳境に入ります。

2日目の朝は露天風呂とお猿さんで明けましたが、朝食を済ませてまず出かけたところは湯の峰

温泉からすぐ近くの川湯温泉。

この温泉は熊野川支流の大塔川沿いにある温泉で、河原から温泉が湧き出ています。向こう側は

普通の川ですが、こちら側は温泉。




そこで、らんらんさんは早速、靴を脱いで「足湯」です。ところが適当な温度のところを探さな

いとかなり熱い。何しろ湧き出し温度は
70℃以上です。

テレビで見て一度体験したかったというらんらんさん、ご満悦! 

 


川湯温泉を後に、今日のメーンイベント、新宮速玉大社までの「川の古道」熊野川の川下りです。

12名定員の舟ですが、今日の客は我々だけで、貸切状態。笠とライフジャケットを着て、いざ出発。

これから約
1時間半の川下りです。



どーです。楽しそうでしょう



それもそのはず、この川下りは平安の昔、後白河上皇や後鳥羽上皇も同じようにして辿られた舟旅

なのです。解説によれば、山々や川の姿は往時と同じということです。

 

舟の名は「神倉」そして、ガイドさんは西浦さん。船頭さんと共にとても親切にしてくれました。



係の人が手を振って、舟出を見送ってくれます。



撮影が忙しい



この日、水量はあまり多くないが、透明度は抜群ということ。梅雨入ったというのにとてもついています。

空気がからっとしていて、実に爽やかな舟旅です。

 


しかし、ご覧のようにいたるところに一昨年の大洪水の爪痕が残されています。水の威力を痛感しました。



今日は、ゆったりと流れる熊野川 



ところどころに滝も見えます。

 


また、大きな岩もあります。 これは陽岩という。何やら男性のシンボルを表現しているとか。

当然ペアとなる陰岩とうのもありました。 

 


こちらはお猿さんの顔のようですが、大洪水の後、見つかったコケがついたユーモラスな岩。



そして、まるで犬が寝そべっているような岩、



これは龍の骨というらしい。



ここに上るとまるで山の頂上?



ますます上天気、二人ともこの恰好がお似合いです。



このかわいい花は岩躑躅といって、いたるところに咲いています。



川下りも終盤、ガイドさんが往時をしのんで、笛を演奏してくれました。川面に笛の音が流れます。

 


この島は御船島といって、地元の人も上がらない神聖な島です。この島の周りを競って回る御船祭りが毎年

8月に行われるそうです。

 


漸く、川古道の旅も終わりです。この森の中が川下りの終点、熊野速玉大社です。



今回乗った舟はエンジンがついていましたので、約
1時間半で16kmの舟旅でしたが、古の昔は、下り5時間ほど、

上り
10時間ほどであったとのこと。ゆっくりと酒でも酌み交わしていたのでしょうね。

 


熊野川の景色をもう一度。

 









熊野速玉大社です。



ここには、平重盛手植えと言われる梛(なぎ)の大樹があります。樹齢千年以上の珍しい木です。



また、後白河法皇の歌碑もあります。

 


次に向かうのは歩く熊野古道で一番人気の大門坂ですが、その前にちょこっと寄り道です。


リワキーノさんの大峰奥駆け仲間のお一人が館長を務めておられる西村記念館です。

ここは文化学院創設者で建築家、芸術家であった西村伊作が大正時代に自ら設計建設した自宅が記念館となっています。

当時のハイカラな生活様式を感じることができて面白いところです。

 


ここから、熊野古道随一の名所、大門坂です。



しばらくは明るい民家の中の路を上ります。



大門坂入口にある関所跡



前の道路はところどころ石段なので、この車庫にある車はどうやって出入りするのかな?


なんて、へんな疑問を持った人が一人いました。


そーです。この人



石畳の坂を上がっていくと、なな、なんとこのパンフレットに載っている平安の衣装を着た女人がいるではないですか!!



こちらが我々の前に現れた平安女人、話をしてみると貸衣装を来た観光客でした。

おじさん達もどうですか?と言われちゃった。

 


この大門坂、なかなかの雰囲気です。聞いたところによるとこの石畳は昔のままだそうです。

リワキーノの友人、那智青岸渡寺の副住職の話では、自分の子供のころまではこの道は一日に数名し

か通らず、苔むしていたとのこと。









らんらんさん決まっています。



車で先回りのリワキーノがお迎え

 


そして、大門坂を登りきるとそこは、那智の滝、
滝神社です

 




続く・・・