6/21 2005掲載

伊豆・箱根紀行―第1章

by 手打ち庵

早、梅雨に入ってしまったというのに、未だにGW明けの旅日記をレポートできずに、同行のさすサラさん、りんりんらんらんさん、
それに参加したくとも今回はいろいろな都合で参加できなかったリワキーノさんや、はなママ&パパ、たるみ先生ご夫妻から
「なにやってんだ」とお叱りを受けそうなので大変焦っている手打ち庵ですが、漸く楽しかった旅のまとめを始めました。

 

もはや恒例になったと言ってもいい、ゴールデンウィーク後のベストシーズンを狙っての2泊3日の旅、今年は源氏ゆかりの伊豆と
箱根への旅となりました。

博多からのりんりん・らんらんご両人と岡山からのさすサラさん、それに奈良から我々夫婦が新幹線で合流し、一路伊豆へ向かいます。



 

着いたところが伊豆への旅の拠点、三島です。ここでいつものレンタカー、アルファードを借り、いよいよ出発です。まずは昼食。
当初は沼津の地魚を使った寿司とも考えたが、三島は鰻が名産。ここはやっぱり鰻とみんなの意見が一致して、早速、三島一の鰻屋

「桜家」へ。さすが創業が明治という老舗。風情がある構えです。

出てきた鰻重にも2枚、3枚、4枚とあって、これは男性陣が頼んだ3枚もの。

女性軍は2枚ものを頼みましたが、いずれもボリュームたっぷり、ふっくらとした鰻は甘すぎずほどよい味付けでかなり美味。
大満足して、スタートから納得のグルメツアーを感じさせる昼食でした。

我々は12時前に入りましたので、待ち時間無しでしたが、我々が帰る頃には店の前は行列。これから行かれる方は、
少し時間をずらしていくことをお勧めします。

 

食事も終わり、いよいよ伊豆半島ツアーの開始。まず最初に向かったのは、手打ち庵の予定表にはなかったところです。
最初の目的地「沼津御用邸」に行く途中、「このあたりに富士山の湧き水が噴出しているところがあるはず」と誰かが言い出し、
それでは急ぐ旅でもあるまいと寄り道を決め、富士山麓の湧き水があふれ出る「柿田川水源」へ。国道1号線沿いの森の中に
清冽な水源が点々とありました。とっても爽やかな気分になりましたぞ。



 

続いて向かったのが「沼津御用邸記念公園」。昭和の時代まで皇室の御用邸として使われていたところが今は記念公園として
公開されています。まず正門の前にて。

ドイツのゾリンゲン製の青銅の門の前にて。





そして、建物に入ると、真っ先にさすサラさんが声を上げたのがこれ。そうガラスです。

なんとこのガラスがすべて手作り。したがって、向こうの景色がゆれて見えるように、厚さが均等ではなく、またところどころに気泡もあって、
とても趣のあるガラス。係員に聞いたところ、現在では国産がないので、破損した場合のスペアは輸入しているとのこと。



ここは御座所



そして、建物を出るとそこは相模湾。芝生と松林の景色です。

晴れていれば相模湾の向こうに富士山が見えるのですが、この日は残念ながら雲の中。

りんりんさんまたもや空振りです。りんりんさんは飛行機の中から以外で未だに実物の富士山を見たことがないとおっしゃっていましたが、
リワキーノさんが指摘していましたようにこれは間違いで、実は昨年の信州旅行の折に、八ヶ岳の近くから見ておられるのです。
ただし、写真にも写らないくらい小さくて霞んでいたのですが。

 

沼津を後に、車を修善寺に向けます。修善寺は源頼家が幽閉され自刃したことや源範頼終焉の源氏ゆかりの地ですが、修善寺というお寺を
中心とするこじんまりとした温泉です。修善寺前の川に架かる橋にて

そして弘法大師が仏具の独鈷を投げたところからお湯がでたという「独鈷の湯」。足湯をしたかったのですが、熱くてだめでした。

ここは、頼家の墓の前にある「指月庵」。頼家の怨霊が漂っているような雰囲気でした。

 

修善寺で後にした我々は、伊豆半島を西へ向かい、今夜の宿、戸田(へだ)へ車を走らせます。戸田は昔は陸の孤島といわれた漁港で、
ここの岬の向こうに見える富士山はガイドブックにも登場するほど見事なものですが、残念ながら、うす曇で富士山は雲の中。

 

この日の宿はここ、ときわや。

漁港だけあって、テーブルに載りきれないほどの海の幸。

相模湾はなんといっても海老。その一部を紹介します。まずは、手長海老の刺身。

そして、桜海老の刺身



桜海老の釜揚げは良く食べますが、鮮度が大切な刺身はやっぱり地元でなければ。出色はテーブルの手前の鍋の味噌汁。
えびの出汁がきいてうまかった。

宴会の後は恒例のてんちゃんの手品ショー。また、新しいネタをご披露です。

午後11時、宿の前の港からはイカ釣りの船が出航するところです。帰りは翌朝5時とのこと。

写真はありませんが、伊豆ですからもちろん温泉。屋上に海を見ながら入る檜の露天風呂がありました。
心地よい海風に吹かれて入る露天風呂で身も心もリフレッシュしました。

こうして1日目の夜は更けていきました。

 

第2章へ続く・・・

 

 

伊豆・箱根紀行―第2章

明け方イカ釣り船も帰港し、港では朝市が開かれています。まずは朝食前の散歩。

美味しい一夜干と味噌汁の朝食を頂き、いよいよ2日目の旅がスタートします。

 

江戸時代、佐渡と並んで多くの金を産出したという土肥金山の傍を通って、西伊豆の海岸から再び、伊豆半島の内陸部へと向かいますが、
その途中に絶景のビューポイントがありました。

その名も「碧の丘」。ここから見る伊豆半島はまさに碧、緑でした。



 

次に向ったところは、今回の旅のメインのひとつ、踊り子街道です。皆さん、川端康成の名作を映画化した「伊豆の踊り子」の主人公は
誰を覚えていますか?田中絹代?鰐淵晴子?吉永小百合?内藤洋子?それとも山口百恵ですか?

浄連の滝の入り口に立つ、伊豆の踊り子の像です。

そして、ここが浄連の滝。

滝の水が作り出すマイナスイオンを沢山含んだ空気がとっても爽やか。



 

こちらは河津七滝(ななだると呼びます)巡りにある踊り子と書生の像、お二人さんお似合いです。

三筋の滝が美しい、初景滝

こちらは大滝(おおだる)と呼びます





この大滝はある温泉旅館の敷地内にあり、滝壺に行く途中にはいろんな温泉があります。そのひとつの「子宝の湯」。
今からでも遅くないかな?

 

そして、次の目的地は、伊豆半島を斜めに南下して、東伊豆の海岸に出る直前にある、バガテル薔薇公園。
バガテルとはフランスの有名なバラ園の名前だそうで、ここはそこをモデルにしたフランス式薔薇庭園とのこと。
ちょうど最盛期とあって、広大な庭園に数千株という、色とりどりの薔薇が咲き乱れていました。








 

昼食は、天城そば。昨年の信州旅行の折のイングリッシュガーデンでのスコーンと紅茶を思い出して、バラ園でフレンチかイタリアンと思いましたが、
生憎適当なところがなく、
バラ園までくる途中で見つけた天城蕎麦にしましたが、これが絶品。
再び満足の昼食でした。

 

お腹もくちくなり、東伊豆の海岸線を一路北上して、次の目的地熱海へ。

途中、熱川温泉や、うん十年前、らんらんさんが大学受験の合間に、お母様と二人で遊んだ大室山や小室山を通り、明るい伊豆の海岸線を走ります。

 

熱海港に着くと、イルドバカンス号に乗船して、今夜の宿、エクシヴ初島に向かいます。約25分の船旅でしたが、この日は結構揺れました。

船の中から見る熱海の景色。

そして、島全体がリゾート施設のエクシヴ初島に到着。

部屋はツインの2ベッドルーム&リビングルーム&ダイニングキッチン付という超豪華版でした。
テラスからは伊豆半島の向こうに富士山も見えるはずですが、この日はまだその勇姿をあらわしてくれません。

 

夕食まで、島内を散策。ここは初島灯台。

そして、部屋から見る夕日。美しい夕焼けは明日の好天を期待させます。

大島や、神津島を太平洋のかなたに見ることが出来る大展望露天風呂(もちろん温泉)に入って、
一日の汗を流し、女性陣はドレスアップして、今宵のディナーです。

和食、フレンチ、イタリアン、中華の中から選んだのは、中華会席。まるでフレンチかと思わせる中華でした。ほんの一部だけ紹介します。

お二人さんも大満足。美味しい料理と楽しい話題に舌もなめらか。

デザートも見事。

 

翌朝、目が覚めるとテラスからは快晴の青空に富士山。りんりんさん、念願を果たすことができました。



ホテルはこんな感じです。さすサラさんもこの景色と雰囲気に満足。

名残惜しいが、朝食を済ませ、初島を後にします。熱海行きの船を待つ波止場で猫好きのらんらんさんの傍にはにゃんこが寄ってきて。

 

熱海で預けておいたレンタカーに戻り、いよいよ、この旅の最終目的地の箱根へ。

十国峠から三国峠へ向かうスカイラインからの富士山の美しいこと、このような素晴らしい富士を見たのは初めてです。
みんな年賀状用の写真を撮りました。






そして、富士の裾野のかなたには南アルプス。

 

箱根では、ポーラ美術館で印象派の絵画を鑑賞。

森の中にあるガラスの建物が印象的な美術館です。

 

そして、旅もほんとに最終行程。昼食をとるために訪れたのは強羅にある「箱根花壇」。

三島から予約を入れておいた甲斐があって、料理も雰囲気も満足。







まさに今回の素敵な旅の締めくくりにふさわしい納得のレストランでした。

三島から再び新幹線に乗り、楽しい話題にわいわいがやがやと京都まで帰ってきました。

ここで、岡山へ帰るさすサラさん、福岡へ帰るりんりん、らんらんさんと別れ、またの再会を約して家路に着きました。

ちなみにさすサラさんの強いご要望で決めたのは秋の新蕎麦の会です。

(完)