27 May 2015

 

パルミラ遺跡に想う

川島道子


 

絵 平山郁夫

地図



イランのペルセポリスやヨルダンのペトラ遺跡と並んで、中東の

重要な遺跡としてユネスコの世界文化遺産に登録されている、シリアの

パルミラ遺跡がイスラムの過激派組織「イスラム国」によって、

占拠されつつあることに大きな衝撃を受けています。

 

パルミラ全景


パルミラは2~3世紀を中心に、ヨーロッパとアジアを結ぶ東西交易路の

中継地として栄え、パルミラの主神を祀るベル神殿や列中道路などの

都市遺跡は古代ローマ時代に建造されたもので、夕日に染まる姿が美しく

商人たちが「バラの市」と讃えた所です。

 



古代ローマ帝国の支配下のもと2世紀にパルミラ王国が成立し、その支配者

オーデナサスが暗殺されると妻のゼノビアが女王としてパルミラを統治して

いきました。

 



ゼノビアは教養豊かな女性で、ギリシャ語、アラビア語など数ヶ国語を

話せ、その行動力と勇気は男にまさるほどで、その類まれな美貌と射る

ような黒い瞳のまなざしは、多くの人々を魅了したと言われていました。

幼年の息子を王位につけて実権を握り、近隣のオアシス国家を支配し、その

領域は一時、ユーフラテス川からナイル川にわたりました。やがてローマ帝国に

対する協調政策を転換して独立宣言をしました。

 



ローマ帝国の反撃を受け、紀元272年ササン朝ペルシャの援助を求めようと

したとき、ローマ軍に捕らえられ、パルミラ王国はローマとの戦いに敗れました。

 

捕らえられたゼノビア

捕らえられたゼノビアは余生をローマ近郊で安楽に過ごしたとも、連行される

途中で断食して自害したとも伝えられています。ペルシャ文化の素養をもち、

ギリシャ文化の摂取に努めたと言われています。

 

イギリスの19世紀の歴史家ギボンは「褐色の肌、異常な輝きを持つ大きな

黒い目、力強く響きのある声、男勝りの理解力と学識をもち、女性の中では

もっとも愛らしく、もっとも英傑的・・・彼女は、オリエントで最も気高く

美しい女王であった」

 

また、「美においてはクレオパトラに勝るとも劣らず、貞潔と勇気においては

はるかにクレオパトラを凌駕した・・・ゼノビアこそ、麗しき古代オリエント

世界を彩るにふさわしい女王だと言えよう」と述べています。

 

戦いに敗れたパルミラはローマ軍によって徹底的に破壊されて、廃墟と

なりました。繁栄を極めた隊商都市パルミラの栄光は2000年後の

現代においても、夕日に映える壮大な遺跡として往時の栄華をしのばせ、

多くの人々を惹き付けています。

 

私の中にはパルミラの名はゼノビアと結びついて、印象に残っていて、

その破壊を見るにしのびません。バーミヤンの石仏の破壊の二の舞に

ならないように切に願っています。