11 Jun. 2013

春のドライブ旅行
 
                          川島道子
 
5月29,30,31日、妹夫婦と阿蘇、九重、湯布院とドライブ旅行に行ってきました。
恒例のミヤマキリシマやリンドウを楽しむことと、熊本にある鞠智城跡を見ることを
目標に出かけました。

 

 
 
鞠智城(きくち)とは、今から1300年前(663年)白村江(はくそんこう)の戦いで唐、新羅の連合軍に
敗れた当時の大和朝廷が、防衛のために九州に造った山城の一つです。大宰府近くの大野城や基山の
基肄城は知っていましたが、鞠智城のことは今回初めて知りました。

 
 
駐車場に着いて驚いたのは遺跡の広さとともに鞠智城遺跡の八角形の建物の不思議な姿でした。
昭和42年から始まった発掘によって復元されて八角形鼓楼として遺跡のシンボルになっています。
 

 
 
遺跡内では4基の八角形建物跡が見つかっていますが、日本国内では類例がなく、同様な建物は中国や韓国にしか
存在せず、当時の日本と大陸とのつながりを示すのではと言われています。建築当時は太鼓を置いていたようです。

 
 
 
遺跡内には72棟の建物の基礎が確認されており、八角形鼓楼の近くには校倉造りの建物がありました。

 
 
 
正倉院の雛形のようなこの建物は米倉と言われ、まわりから炭化した米が見つかっています。


 

 
 
 
 
 
 
 
兵舎も復元されていて当時防人たちが居住していたのではと推定されているようです。
 


 
 
 


 
 


 
 
鞠智城跡は発掘復元されて現在は歴史公園となっていますが、そのシンボルとして
中央に防人、全面に防人の妻子、西側に築城を指導したといわれる百済の貴族、
東側に祈りをささげる巫女の姿で構成された碑が建てられています。
 

 
「白村江の戦い」は名前は知っていても具体的なことには関心がありませんでした。今回鞠智城跡を
訪れたことで、色々と調べてみてこの戦いでの大敗の結果が遠因となり、日本の古代史の大転換になったことを
知りました。鞠智城は大野城や水城、基肄城などへの物資の補給基地としての役割を持って
築かれたようです。

 
 
翌日は阿蘇の仙酔峡に行きましたが、ミヤマキリシマは終わり、ガスで山も見えず、早々に引き返す
途中のんびり放牧中の牛たちにの様子に思はずシャッターを押しました。
 


 
 
近くの道の駅でお土産を買い、人気者と記念撮影。
 

 
 
九重もガスで視界ゼロ。お天気であればこの写真の背後に三股山など九重の山々が写る
のですが、全く見えず残念でした。
 


 
 
足元のリンドウも一輪だけ咲いていて、まわりにはつぼみが多くありましたので花が咲くのはこれからという状況
でした。
 


 
 
 
それでも一箇所だけミヤマキリシマが咲いていてほっとしました。
 


 
 
お天気はあまりよくありませんでしたが、今年も私の好きなビューポイント、タデ原湿原に来れて満足しました。
 

 
 
最後の湯布院は、曇天ながら由布岳の新緑の美しさに心洗われる思いでした。
 


 
今回のドライブ旅行はお天気は今ひとつでしたが、自然の雄大さと新緑の美しさは格別で、ここまで出かけてきたから
実感できる素晴らしさでした。それと鞠智城遺跡での見聞は、あらためて古代史への関心を呼び起こし、
ネットでの古代史論争は興味深く、現在大いに楽しんでいるところです。
 
今回も義弟の運転で旅を楽しむことができました。安全走行のためほとんど一般道でしたが、福岡市圏内の
複雑な一般道に精通されていて、無事帰宅できましたことに感謝しています。