20 Nov. 2013

紅葉を尋ねて  Part1

by  川島道子

 
 11月11日から14日まで紅葉を尋ねて妹夫婦とドライブ旅行にでかけました。


まず向かったのは江戸時代の面影を残す、山鹿市の八千代座でした。ユーモアにあふれた愉快な

女性ガイドさんの案内で建物の隅から隅まで見て周りました。明治43年(1910年)に建てられて以来、

歌舞伎、オーケストラ、バレエなどさまざまなジャンルの公演が行われてきた所です。

 芝居小屋の内部で、目をひいたのは天井の極彩色の広告画でした。現存するほかの芝居小屋には

見られないもので、八千代座の特徴になっています。

 2階から客席を見渡したところで、2階席は見やすいようにと勾配がつけられていました。

創建当時は定員が1247人だったそうですが、現在は650人とのことです。

現在国指定重要文化財になっていますが、玉三郎や市川海老蔵の公演もあり、現役の芝居小屋と

して活躍しています。建物の内部を見るだけでも楽しめました。

 山鹿市の優雅な盆踊りで、多くの女性たちが灯篭を頭上にのせて踊る姿は幻想的で印象に残っていましたが、

その灯篭を展示している灯篭民芸館に入り、私も一寸頭にのせてみました。すべて紙とのりでできているのには驚きました。

 

今回の目的の紅葉見物は菊地渓谷から始まりました。阿蘇くじゅう 国立公園の特別保護地区で、菊池水源として

名水100選に選定されているそうですが、あまり手が入っていないのが自然で、ゆったりと散策できました。

夕日に映える山々の紅葉はこれからのようでした。

 名水百選 日本の滝百選に選ばれているだけに水量の豊富さに驚きました。

 いつまでもこのままであって欲しいと思いました。

 「紙と木の文化」といわれる日本に、なぜか九州には石の文化が古代から根付いていることに不思議に思っていました。

石の文化は熊本を中心に九州各地に石橋として残っており、良い機会ですのでそれを見てまわることになりました。

 

熊本県は日本一石橋が多い所で、石橋の99%が九州に、さらにその半数が熊本にあるそうです。

その理由として阿蘇山の大噴火による火山石が石橋の材料として最適だったことや、 肥後の石工と呼ばれる

技術集団がいたからと言われています。  この霊台橋は石橋でありながら緻密さと優雅さが印象に残りました。

 この橋は今は車両の通行はできませんが、妹と歩いてみました。

 各地に辛うじて残る石橋です。

 

通潤橋は周りを深い谷に囲まれた白糸台地へ灌漑用水を送るために作られた水路橋だそうです。 橋の中央の空間は放水口です。

橋の中間の両側から放水しますが、上から見た片方の放水口です。

 橋の上は歩けるようになっていますが、手すりはありません。

 「肥後の石工」たちによって作られたこの橋は国の重要文化財に指定され、今も現役として地域の 重要な存在になっています。

 熊本(肥後)の石橋はその架設にあたり、藩からの援助を受けられなかった反面、多くの庄屋たちや商人たちが金策を行い、

地元農民たちも労力奉仕を惜しまず、その心意気に打たれた石工たちは、最小限の費用で済むように工夫を重ね、

実用性と頑丈さを前提とした素朴で無駄な飾り気のない庶民的美しさをかもし出す「肥後の石橋」を架設して行きました。

これが他県の石橋に比べて熊本の石橋が魅力的に見える一番の理由になっています。(ネットより引用)

 「肥後の石工」たちの石橋施工技術の優秀さはお隣の鹿児島県や東京へも招かれた実績からもうかがい知ることができます。

迫力のある放水は見れませんでしたが、堅牢さと美しさを兼ねそなえた石橋のフオルムの見事さに石の文化の輝きを感じることができました。

下記の写真はネットより引用しました。

続く・・・