13 Nov. 2012

おっとどっこい  2012−D

 

芝の「とうふ屋〇かい」で御呼ばれして行った。

とうふ屋?等とバカにしてはいけない!門のところに、半纏を羽織った男が二人もいて、日本庭園の中を行くとやっと玄関に着くと・・

腰元姿のお女中が・・普段着で出かけた私に、「どちら様のご予約でしょうか?」って詰問する。

あのさ、まず「いらっしゃいませ」って言うべきじゃないかい?)

料理はまぁあまぁだったが、値段を聞いてびっくり。とうふは、夏の「冷奴」、冬の「湯豆腐」が一番旨いと思うのだが・・・。

 

豆腐一丁 羽織袴で 食ううかい



 

遠藤元校長と銀舟氏とわたしで、大人の下町「谷根千」を散策した。

最初に入った根津のうどん屋「釜竹」に全国の銘酒がずらりとあって、銀舟氏が満面に笑みを浮かべ宣言した。

「利酒師の私が飲んだことのないお酒が沢山ある。昼間っからで申し訳ないが、うふっ、全部味見してから帰りましょう!」

ということで、超辛口から甘口までグラスに注いで次々に並べてもらい、三人で品評しながら飲み続けた。

       飲む理由 あって嬉しい 利酒師

 

「あのさ、利酒師って口に含むけど決して飲み込まないのではなかったっけ?」と言ってみたら、

「正式にはそうですが、私は旨い酒を飲みたいから利酒師になったので・・・・」

 

       利酒師 口で味わい 胃に捨てる

 

 

千駄木の指人形「笑吉」・・・・老人やスターの指人形で、顔に含蓄があってなかなか面白い。指人形劇をやってくれたが、出し物の

最後は「50年後の冬のソナタ」であった。


頭が禿げ上がってボケ気味のヨン爺さまと、少し意地悪になったチエ婆さまが、
殴りあったりチューしたり・・・。

 

       50年後 ソナタもワタシも 歳をとり

      (http://www.youtube.com/watch?v=WP6elwEGDLQ



 谷中銀座の「夕焼けだんだん」・・・商店街で、メンチカツとビールを買って、だんだん(階段)に座って飲んでいたら、5人ほどの

女子高生が階段をブラブラ上がってきた。

酔った勢いで、ビールを掲げて「ダンダーン!」と言ってみたら、5人が口を揃えて「ダンダ〜ン」と返事してくれた。

振り返ってくれた顔が夕陽でほんのり赤かった。

私達の顔は酒で赤かった。


       夕焼けの だんだん行く人 みな赤い

 




タクシー運転手が書いた「おんなの独り言」(石井〇著)の中から、おばさんネタの物を川柳にしてみた。

生んだのに 何ヶ月か?と また聞かれ 


        
  美容薬 効果に個人差 ありすぎる             
                              

試着室 靴があるのに 開けられた

                 

食卓が 家(うち)より豪華 派遣村  

        

一生を ともにしますと 三回目

           
       ご祝儀は 離婚のときこそ 是非欲しい

       


(グッチ・チエ・ジウさんからのお便り)

会社の友人(女性)が、電話に出ると、
  お客: サルさんをお願いします。
  友人: サルですか?    

お客: はい。サルさんいらっしゃいますか?

(多分、中国籍の「申」さんの読み間違えだろう・・・と気づく)
  友人: あいにくサルは外出しておりまして、上司のヤギ(八木部長)でしたら

おりますが・・・。
  お客: ではヤギさんをお願いします。

 

サルにヤギ ウサギにオオカミ いる会社

 

 

 

プールで「三途の川渡り(ウォーキング)」しているおばちゃんが、時々立ち止まってバチャバチャと泳ぐ。

まるで、溺れているような泳ぎっぷりだ。

プールサイドにいた監視員のお兄ちゃんがやってきて、水の中から顔を上げたおばちゃんに声をかけた。
  「あのですね、その水中メガネ見えにくくないですか?」
  「え?あ?・・・別に・・」
  「見えてますか?」
  「はぁ?」
  「メガネに値札が貼ったままですよ」

      オバちゃんの 水中メガネ 伊達メガネ

 



歩いていると、前からフルスピードで自転車を漕いでいる婆さんがやってきた。


白い髪が、風に煽られて乱れて・・・・恐い顔していたが、その婆さんが私と目があったとき、なぜか形相を崩して笑った。
 
親しい知人に遭った・・かのような思い切った笑顔であったが、開いた口の前歯が二本抜けていた。

「失礼なババァだ」と私がいうと、ツレが私の顔を見て言った。「前が開いてるわよ」

 

      笑われて 理由はそれか 開いててよかった

 

 

 

左目の端に、時々細い線がチカッと光った。一晩寝たら、黒い糸くずになった。

不吉な予感がしたので、眼科の病院に行ったら、受付や看護師、医療技師など皆、若くて美人ばかりの病院であった。

これで美女の見納めになるかなどと案じながら診察を受けたが、医者(40代)は、「飛蚊症だ。網膜剥離に発展する可能性はあるが、

老化によるものなので治らない」という。

医者のクセして治せないのか?と思って、「サングラスしたり、長時間のTV・PCを避けたり、目にいいものを食べれば治るのではないか?」

と聞いてみたが、「根拠がない。白髪やシミと同じで老化が原因だから治らない」という。老化、老化と煩く言う。

 網膜剥離に怯えながら、鬱陶しい飛蚊症とこれからずっと死ぬまで付き合わねばならぬらしい。

ふん、これが老いというものか!と医者と若い看護士に腹が立った。

 

      秋がきて 冬が来たのに  ブンブンブン

      飛蚊症  治せぬ目医者に プンプンプン

 



テレビのニュース・バラエティでやっていたのであるが、太った男性は「揉ませろ!」と言われて、胸を貸した経験が・・・・頻繁にあるらしい。

小太りな男は毎日のように(目をつむった男友達に)触られていたと言う。本当に馬鹿げた話で、信じられない!


 昔、Drクラタが運転する車の助手席に乗っていると、
「こだ〇さん、手を車の外に出して進行方向に手を広げて・・・・揉んでみてください。ホラ、感触がおっぱいそっくりですよね。

イヒッ」と言ったので、その通りやってみたが、


「就業時間中に何を考えているのか!だから結婚も出来ないだ、アホ」と叱りつけた・・・・ことを思い出した。本当に馬鹿げた話で、信じられない!

 私は、上記のようなくだらない事はしない!

「自分のお尻の少し垂れたところを触ってみれば・・・・ホラ、おっぱいみたいだろ?こっちの方が手もお尻も両方気持ちいいんだよね。

君も、ボクのここ触っていいよ」


と、ツレに申しましたところ、「〇〇〇・・・・・・!」と大変馬鹿にされ、叱られた。

      おっぱいと 念じて触れど 尻だった
        (ツレの怒りの言葉をご推察ください)

 

 


英ちゃんからの話で、詳しいことはわからないが、彼の友人の話だ。


   「荷物持ってきていい?」と聞かれたので、「いいよ」といった。
   女性は3つ年上だったが、そのまま居ついてしまって・・・20年経った。
   その彼女が突然病で倒れて、トイレにも行けない状態になって、ほとんど

眠ずに看病したが、3日ほどで逝ってしまった。

末期の癌であったという・・・・もっと早い時期に自覚症状があったはずだ、

と医者から言われた。

 

入籍してあげればよかったじゃないか、と私がいうと、「詳しいことは分からぬが、いらないと言っていたらしいよ」と英ちゃんはいった。
 もちろん綺麗ごとではすまされないであろうが、理想的な男と女の愛であったのかも知れない・・・。見ず知らずの人であるが、ご冥福をお祈りします。

 

          手鍋さげ 手鍋残して 先に逝き

 

 

 

進藤兼人監督が100歳で亡くなった。

彼の晩年の著作「愛妻記」は、三番目の妻音羽信子へのラブレターのような本だった。

 

監督が、若くして病死した(一番目の)妻のことを映画にした「愛妻物語」で、その愛妻役を演じたのが信子であった。その後しばらくして、

監督が撮影のために長逗留していた京都の旅館に、ふらりと信子が一人でやってきて、部屋の畳の上に横座りして、

「わたし達・・・随分我慢したわよね。わたしね・・・ずっと、日陰の身でいいのよ」

というようなことを言って、結ばれたらしい。
 
当時売れっ子の女優「乙羽信子」は、芸者の子として生まれ里子にだされ小さいときから「愛」については大変苦労してきたようだ。
 
その彼女が選んだ相手は、二番目の妻と三人の子供のいる進藤監督だった。そして、30年近くも日陰の身に耐え、最後は妻として死んだ。

理想的な男と女の愛であったのかも知れない・・・。

 

音羽信子の遺作「午後の遺言状」(DVD)を見た。

「老いと死」をテーマに、進藤が原作・脚本・監督した作品で、がんで死期間近の信子と日本を代表する女優といわれた杉村春子(彼女の遺作でもある)とが競演している。

本妻だった春子が、亡夫との間に子供さえ作っていた信子を、「あんたがしたことは不倫よ!」と責める場面がある。信子は「不倫じゃない。愛があっただよ」ときっぱりと否定する。

多分、この一言を・・・・信子に言わせるために創った映画なのではないか・・・・。

http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200801180232.html

 

ところで、新藤監督は・・・・天国に行って、三人の妻のうちの誰のところに会いに行くのだろうか?

進藤監督の、ご冥福をお祈りします。

 

          愛妻記  愛三妻記  墓ひとつ

 

 

 

秋の発表会(青山のライブハウス)に出た。

課題曲の「いつか王子さまが」は、教本にも載っているジャズの定番だが、私は(自慢じゃないが・・)、歳とってからサックス始めて、

リズムが取れなくて、暗譜ができなくて・・・しかも最大の難問は、顔に似合わず「あがり症」なのだ。

アドリブ部分も含めて全部で48小節・・・ソロでやれる自信はなかった。

「難しい曲だ。出来るはずがない。ステージで立ち往生している私が目に浮かぶ!」

とツレにいうと、

「ギャハハ、ダーには簡単な曲なんてないのよね!グズグズいわずに、練習したら〜!」

とバカにされながら・・・一ヶ月間、練習を続けた。

「演奏を途中で止めてはいけない。アドリブだからメチャクチャでも構わない。音を出し続ければいい。それがジャズです」と先生は言ってくれた。

発表会の結果は、残念ながらその通りになってしまった。頭は冷静なのに、指が練習の時のように動いてくれなかったのだ。何が何だか判らないまま息を吹き、指を動かした。


 後半ヨタヨタだったが、・・・なんとか完走できたことで「よし」としよう。終わった後は気持ちよかった。ツレも、「すごく格好良かった。惚れ直した」と言ってくれた。

先生も、「ミスはあったが、堂々としていてよかった」と褒めてくれた。
で、調子に乗って、「さあ、次の曲の練習だ」というと、ツレは、「エ〜ッ?やっと終わって静かになると思ったのに!」と嘆き、褒めすぎたかしらと悔やんでいた。

 

ミスしても アドリブだよと ラッパ吹く