04 June 2012

 おっとどっこい  2012−B

 by KODAMA

 

博多に帰郷した。発表会の前だったので、SAXを持って帰って練習を続けた。
お袋の前で、課題曲「Stardust」を吹いてみせると、お袋は驚いたような顔をして言った。
「あんた、人からお金とってないだろうね?」
「当たり前だ。金払って演奏してる!」
「ああ、良かった。これで金取ったら詐欺よりひどいね・・・」

 

発表会は・・・やはり頭の中が真っ白上になってしまって記憶にないが、ひどいデキであったような気がする。

 

      趣味と聞き 納得して 褒める母
                

 

 

帰郷しており、高校同級生の集まり「蛸壺会」に出た。背振山の麓(吉田コウヘイの隠れ家)で毎年行われているが、
私は始めて参加した。45年経って皆いいオヤジになっていて楽しい同窓会であった。

宴もタケナワのとき、九州でも屈指の外科医であるN院長が、「医者としてではなく、友として言っておきたいことがある」
と立ち上がってしゃべり出した。


「60兆個ある人間の細胞は、毎日少しずつ生まれ変わっており、癌細胞も常に発生している。
が、発生した癌細胞の増殖を抑制し修復する仕組みが十分に機能していれば、決して癌にはならない。

ゆえに、癌を早期発見し治療を受けるより、癌にならない体質を維持することの方がより大切だ。
  そういう体質になるためのノーハウはこれだ。
 
@男と女の関係を大事にして、アクティブでスケベなチョイ悪男であり続けろ! 

A笑いは元気の元、大いに笑ってストレス解消せよ!
B栄養バランスを十分に補足する「エビオ〇」を一日15粒以上飲め! 」

大切なのは、癌検診より「セックスと笑いとエビオス」だという。 


         セックス+笑い=シモネタ  ボク得意

            と  で 

 

 

ここで、チビチビとビールを飲んでいたMが立ち上がって、

「俺は癌手術4回して、ほらこのとおり体中傷だらけだ」と、上半身裸になり、胸、腹、横腹、背中の大きな・・・
刃渡り40センチほどの手術跡を見せた。壮絶であった。

「いろいろ大変だったが、今は毎日生きていることが嬉しくてたまらん。これからも長生きしたいし、癌はもう沢山だ。
でも、人口肛門だし、あっちは全く言うことを聞かん。チョイ悪男になれない俺はどうしたらいいのか?」

 

手術跡 4つもあって 手柄顔

手術跡 4つもあって もう無理だ 

 


さすがに、N院長の答えは理に適っていた。

 「出来なくても、やりたいという感情があれば十分である。あるのだろ?」

「そりゃ、あるクサ。たくさんある」と嬉しそうにMは笑った。 (注・・クサは方言クサ)

 

妄想は チョイ悪越えて チョー悪男

 


 さて、友人知人に、このことを配信したら、様々な反応があった。
・「〇ビオス」ってビールの酵母で作った整腸剤でしょ?ビール飲むだけじゃダメかな?

    (元同僚 〇田)

・「〇ビオス」って精子を大量に作るとか・・・。バイアグラより効くのかなぁ?

今夜から、パパの食事に盛ってみるか。               (茶髪ママ)

 

・「〇ビオス」って女性にも効くのかしら?「エビメス」ってないの?  (チョイ悪女)

                                                        
・息子が野球で娘がバスケ、家内は彼らのマネージャーと、週末自宅でひとり状態が続い

 てます。最初は気楽でしたが、最近はこっそり試合の応援に行ってます。先日娘に見つかって舌打ちされ、真剣に悲しかったです。
エビ〇ス飲んで、がんばります。                 (会社後輩 石〇)                                     


エビオスで ウン〇とおな〇は 元気でた! 

(今のところ、それだけ・・・です)

 

 

 

(スプーン曲げ)

ユリ・ゲラーがテレビに出ていた。
超能力者になりたいと、私もゴシゴシと親指でスプーンの根元を擦ってみたが、曲がらなかった。
やはり、インチキ手品なのか?と思っていると、
「曲がったわ!ほら、これ・・・」と、ツレが差し出したスプーンは確かに曲がっていた。
ツレも、隣でゴシゴシやっていたのである。

どうやって曲げた?と聞くと、「やわらかくなれ、やわらかくなれ〜って、思えばいいのよ」という。
 やわらかくなれ、やわらかくなれ〜・・・と念じながらやってみたが、やはり出来なかった。念じに念じたが、
なんだか違うところがやわらかくなってしまったような気がする。

 

 私が別室で本を読んでいると、ツレがやってきて「ほい、また出来た」とスプーンを渡す。
スプーンは首のところからグニャリと曲がっていた。
 君ね、みんな曲げちゃたらスプーン使いにくいじゃないか戻しなさい、というと、
 「う〜ん、戻すのは・・・できないよ」という。
 
          超能力 カレーライスが 食べにくい

 


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(幽体離脱)

「朝方の4時頃、横を向いて寝ていたが急に金縛り(離脱の予兆・・・といわれている)にあって、パンと小さな音がして、
うつ伏せの状態で30センチほど浮き上がった。あ、と思っているとスーッと天井近くまであがって、寝ている自分を見ている。
手をみると・・・向う側が透き通っているように見える。部屋の天井辺りをウロウロしたが、外に出るのはなんとなく恐い。
そろそろ戻った方がいいのではないかと思った途端に、またポンと音がして、寝ている自分に戻って、目が覚めて・・・
これは夢ではない、現実だと実感した。」

という話を、先月の新○鉄47同期会(70名が茅場町の鉄鋼会館に集まった)に来ていたコジ〇氏が話してくれた。
その後、彼は霊と神仏の存在を固く信じるようになり、死を恐れる気持ちが無くなったと言っていた。私も是非、幽体離脱を経験したいと思った。

 

              幽体離脱 あいつがオレで オレはだれ?

 

 

(私の幽体離脱体験)

朝方の4時頃、横を向いて寝ていたが急に「金縛り」にあった・・・様な気がした。両方の足が同時にコムラ返って、体が固まって動けない。
私は痛さに耐えながら幽体離脱しようと、一生懸命・・・念じた。念じに念じたが、私の体はいっこうに浮き上がろうとはしなかった。
思い出した。金縛りとこむら返りは全く違うもののであった。

       飛ぶ夢は 低空飛行で 突っつかれ

 

 

 

(新○鉄47年入社 40年記念同期会で・・・)
「苦節40年、やるだけのことはやったのだから、これからオレは自分を生きる!」
と、腹と態度は相変わらず大きいY.N氏が、会社退職時に家族に宣言した。
すると、
「苦節40年、私は毎日やったのだから、これからは自分でやって!」
 と女房にも宣言された。
今、同居する子供(2人)の分も合わせて、毎日買い出し・料理・皿洗いとオサンドンに忙しいが・・・・
、これも自分の生きる道だと思い込もうとしている。


       退職後 天職を得て 飯つくり



「あなたにはね、ずっと長生きしてほしいのよ。頑張ってね・・」
と後ろで妻がやさしく言うのが聞こえた。
苦節40年、妻もやっとこういう心境になってくれたかと、振り返ってみると、

        大切な あなたと妻は ポチあやし

 

 

 退職し、行くところもなく寝転んでテレビを見ていると、
「あなた、私パーマに言ってくるからお留守番していてね」と出かけていった。
「ただいま・・・・」 って、帰ってきたので、
「お、すっきりしたじゃないか」 と声をかけると、妻はむくれた。
「どこ見てるのよ、パーマ屋は臨時休業だったのよ!」

       コメントを せずに叱られ しても叱られ

 

 

 

(足立区風土誌「足立の語り伝え」によると)
 西新井大師の鐘楼の鐘は、江戸時代文政年間に造られた名鐘であるが、「洋行帰りの鐘」といわれている。
 太平洋戦争末期に、不足する鉄資源にと供出され幸い鋳潰されなかったものの、戦勝の記念品としてアメリカに持ち去られ、
某地方都市の市庁舎の前庭に飾られてしまった。 
 それから10年後、当時の市長の発起により元の持ち主である西新井大師に返還されたというのである。
(当時9歳であった私も、日比谷公園での大歓迎会のことは少し記憶に残っている)


 ところで、洋行帰りのこの鐘を撞いたときの音色が、渡航前と明らかに違っているようなのだ。
英語で(時は過ぎ行く・・・)と、鳴るというのである。

       鐘つけば 洋行帰りは 「GO ON、 GO ON」  

 

 


(英文学者Harumi.Jさんのお便り)
夫の仕事でスペインに同行したとき、スペイン語で「おはよう」と挨拶しようと思って、ずっと「ブエノスディアス」と一生懸命練習した。
でも、緊張気味にレストランのドアを開けるなり、「ブエノスアイレス(アルゼンチンの首都)」と言ってしまい、なぜか皆で大笑いとなった。


あるアメリカ人が日本人のお宅に招かれて、道すがら・・・「ごめんください」と一生懸命練習していた。
でも、玄関を入るなり緊張して・・・「ごはんくださ〜い」と言ってしまったそうだ。

また、私の同僚のアメリカ人はすしが大好きだったが、好物のあなごを注文するさい、つい「おなご、くださ〜い」と言ってしまった。

 

        いい間違い それでも通じて 異邦人




(団鬼六の随筆「不養生訓」より要約)
 団鬼六も飲み仲間のK氏も、お互いをアルコール性健忘症だと思っている。
その鬼六とK氏が、何かのツアーに参加してロンドンに行った。
自由行動になり、二人でホテルを出てタクシーで盛り場(ピカデリー)にでかけて、二軒ほど酒場を梯子したところで、
鬼六は恐る恐るK氏にたずねた。

「あんた、われわれのホテルの名覚えているか?」

 K氏も、もう忘れたというので、二人で上着のポケットを漁ったが、ホテルのマッチ一つも見つからなかった。警察に行くことも考えたが、
迷子として扱われるだけだろう。それなら、逆療法で・・・・と酒を飲み続けることにした。


 すると、突然K氏が「思い出した」というので、忘れぬうちにとタクシーに飛び乗ったところ、K氏は運転手に
「シンゲンホテル、プリーズ」と伝えた。

ところが、運転手は大変不愉快な表情で、そんなホテルは知らねぃ、ロンドンで10年以上タクシーやっているが聞いたこともねぃ、と言った。

 K氏は困って、鬼六の顔を見ながら、「ホテルの看板を見たとき川中島の合戦を思い出したのだが・・・」とつぶやいた。
 で、鬼六は、武田方で駄目なら上杉方でどうだろうと、「ケンシンホテル、プリーズ」と言ってみると、運転手は、
「オゥ、ケンシントンホテルね」と了解した。

 無事ホテルについた鬼六は、大変心細い思いに懲りて、酒は止められないので外国に行くのを一切止めたそうだ。

 

       ロンドンの 川中島で ケンシン勝つ

 

 

       万歳を 唱えて公約 みな忘れ(くるみ@@さん)

 

       20年間 無事故無運転 ゴールドで 

       

       割引が 増えるでもなく 誕生日

 

       父の歳 もうすぐ越えそうな 誕生日          

 

 了