01 Sep. 2015


5月連休の旅(10)  松江近郊と宍道湖



                                   今回訪ねた所   参考画像



《 神魂(かもす)神社(国宝) 》


「出雲大社は別格として、神魂(かもす)神社は国宝ですし、一番お勧めです。」
とタクシーの運転手さんに言われ、
松江城から東南へ5キロ程走ったところにやってきました。
車を降りると、周囲はのどかな田園風景で、素朴な一の鳥居が建っていました。


このあたりは古代出雲の中心地だったところだそうです。
付近には出雲国風土記(733年完成)にも記載され、
最近の調査(1968年)で遺物が発掘されている出雲国庁跡や、条里制の跡も見られ、
国分寺・国分尼寺跡などもあります。
出雲大社宮司の祖である出雲国造の本拠もかつてはこの近くに置かれていました。




しばらく歩くと二の鳥居です。
人影もあまりなく、鬱蒼とした森の中に入って行きます。




巨大な自然石を積み上げた、かなり急勾配の「男坂」を登り切ると拝殿でしたが
敬遠して迂回路のゆるやかな「女坂」の方から登りました。




夕暮れ時で陽も落ちた境内に本殿が建っていました。
大きな建物ではないのですが、尋常ではない威圧感が漂っていました。




この本殿は1346年(1583年説も)に再建されたものとされ、
現存最古大社造りということで国宝に指定されています。
床下の高さが高く、柱は太く、棟持ち柱と呼ばれる中央の長い柱が
側柱よりも大きくせり出しており
古い大社造りの特徴をよく残しているそうです。 



この神社が文献に初めて記載されたのは1208年の鎌倉将軍下文であることから
創建は平安時代の中期以後と考えられています。

しかし境内に掲示されている社伝によると
『創建したのは出雲国造家の祖先である天穂日命天照大神の第2子・アメノホヒの命)で、
お祀りしている神はイザナギ、イザナミの命である
そして出雲国造家が25代までこの神社に奉仕し、
出雲大社へ移住した(798年)後も重要な神事の際には出雲から奉仕に来ている』
ということです。

このように相当格式の高い神社と考えられるにもかかわらず、
鎌倉時代まで古い文献に記載がないのは、もとは出雲国造家の邸内にあった
私的な斎場だったのではないかという説もあるそうです。
運転手さんの話では、現在も出雲大社宮司の相続や婚儀の際は
ここでも報告の儀式が行われているとのこと。

出雲国造家というのは今も続く出雲大社宮司(現在の千家家の宮司は84代目)の事ですが
その祖先が自然に神代にまで及ぶというのは、出雲という土地柄でしょうか。

いずれにせよ、本殿の造営にあたっては
最高水準の工事が行われたことが想像され
建物の荘厳な雰囲気は出雲大社に引けをとらないと思いました。







巫女さんがひとり、懸命に掃いていたのが印象的でした。




境内には小さなお社がいくつもありました。

右にある祭壇は神籬(ひもろぎ)と呼ばれ、
地鎮祭のように神社や神棚以外の場所で神を招いて祀りを行う際に整えられるもので
古代はその都度このような形がとられたのだそうです。
古い神道の形態が残されているのもこの地域の特徴なのでしょうか。




右端のお社は「釜社」です。
この神社を創建したという天穂日命は釜に乗って高天原から降臨したという伝説に基づき
釜が祀ってあるということです。
釜というのは穀物に結びつくということで人々の信仰の対象にもなっているのだそうです。




右側のお社は2間社流れ造りという桃山様式で、1583年に建てられ
国の重要文化財に指定されているそうです。
流れ造りというのは屋根の片側の庇(ひさし)を長く流す建て方で
神社建築も時代を経ると共に簡素から流麗へと変化していきました。





《八重垣神社》


神魂神社近くの八重垣神社にやって来ました。
「縁結び神社巡り」が流行っているからでしょうか、
明るく大賑わいの境内です。




若い人が多いようです。




社伝によりますと、高天原を追われた天照大神の弟で乱暴者の素戔嗚尊(スサノオの命)は
八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、
生贄になるところだった稲田姫命(イナタヒメの命)(記紀ではクシナダヒメ)の命を救い、
2人は夫婦となります。

その際スサノオの命が詠んだとされる喜びの歌です。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を

八重垣神社は古くは佐久佐神社というこの土地の神域でしたが
中世になり、スサノオの命と稲田姫命を合祀して八重垣神社となり、
縁結びの神社として広く親しまれるようになったということです。




大社造りの本殿が見えています。




こちらの鏡の池は八岐大蛇退治の最中にこの森にかくまわれた稲田姫が
飲み水を得、見繕いのために姿を映したといわれる場所だそうです。

池の周りには縁結び占いをする若い女性が大勢集まっていました。
白いお札の上に硬貨を置いて水に浮かべ、沈む速さや、お札の流れ具合で
良縁が来る時期や、縁付く先の距離を占うのだそうです。




結構真剣に池の表面を見つめる乙女たちでした。




道を挟んで神社の向かい側に立つ「夫婦椿」です。
稲田姫が植えた2本の椿が、やがて結ばれて1本の木になったという伝説があるそうです。




こちらの境内の椿には下記のように、2枚の葉が根本で一体化しているものが見られ、
大変縁起が良いのだとか、なるほどこの神社にふさわしいものでした。




*****



神魂神社と八重垣神社は松江の南東に位置しており、
近くには出雲国庁跡をはじめ、多くの遺構が見られます。
次回来ることがあれば、このあたりを歩いてみたいものだと思っています。

                              参考画像
http://www.yakumotatu-fudokinooka.jp/historicmap.html




《  宍道湖の夕日  》


宍道湖の夕日の美しさを聞き及び、夕暮れ時に湖畔にやってきました。
この日は晴天だったのでかなり期待できそうです。

                        参考画像
http://www.cgr.mlit.go.jp/matsukoku/sinjiko/sunset/hiduke_10.cgi



湖畔の撮影スポットに行ってみると
既に大勢の人が集まり、日没を見守っています。




嫁ケ島と、波間に浮かぶ鳥たちです。




いよいよ太陽が山に近づき・・・。



日没寸前の輝きです。




みるみるうちに太陽が沈んで・・・。




残照に包まれています。




近くの祖師地蔵のシルエットです。




宍道湖の日没ショーはさすがの美しさで、良い思い出になりました。
これから最後の宿泊地、安来に急ぎましょう。




安来の鷺の湯温泉に着いたのは8時過ぎでした。
今日もいろいろと観光できて良かったです。




ー続くー