24 Feb. 2015


「冬の熱海」 Part1 MOA美術館  TH


2月21日(土)朝、東京駅から新幹線で熱海へ出発です。




こだま639号がホームに入ってきました。



約50分で「熱海」に着きました。
昔からの有名な保養地は意外に簡単な佇まいの駅舎です。




駅前から「MOA 美術館行き」のバスで山道を登りました。
着いたところは山肌に沿うように建てられた美術館の入場口です。






MOA美術館は尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」を
毎年この時期に公開することで有名です。

今年は光琳300年忌を記念して
根津美術館の国宝「燕子花図屏風」も加え
光琳の2大傑作を特別同時公開しています。




美術館本館は入場口からさらに60m上に建てられているので
総延長200mのトンネル式のエスカレーターを乗り継ぎながらのアクセスです。

レインボウカラーの照明の中を
未来都市に行くような錯覚を覚えながら昇ります。



途中に設けられた派手な多目的ホールです。

                             参考画像

さらに昇ると・・・




メインロビーに着きました。
すでに入場を待つ人々の長い列ができています。




左手のガラス越しには相模灘がひろがり
大島や初島などの景観が見渡せるようになっています。
この時間帯は逆光でうまく写りませんでしたので参考画像でどうぞ。

                                  参考画像




展示作品

場内は撮影禁止でしたので、参考画像でいくつかご紹介します。
光琳の2大傑作の屏風は向かい合わせに展示されていました。
もちろん当日は黒山の人だかりでした。

Internet Museum (http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=583)より 


国宝「紅白梅図屏風」尾形光琳(1658~1716)MOA美術館蔵 参考画像

両方揃っての展示は56年振りだとか。
さすがに豪華でした。

国宝「燕子花図屏風」尾形光琳 根津美術館蔵 参考画像



こちらも光琳らしい大胆な構図です。

「白楽天図屏風」尾形光琳 根津美術館蔵



季節の様々な草花を描いた1705年の作品。
写生というより図柄に近い装飾性が感じられますが
自然な美しさは損なわれていません。



「四季草花図巻」 尾形光琳



京都西陣の高級呉服商「雁金屋」の次男に生まれた光琳は
小袖のデザインも手がけました。
白地に巧みな配置で描かれた美しい秋草の小袖は
日本女性の永遠の憧れです。

「絖地秋草模様描絵小袖」 尾形光琳 MOA美術館蔵 



こちらは山茶花に松を配した、斬新なデザインの蒔絵の硯箱です。

「松山茶花蒔絵硯箱」尾形光琳 


こちらは少し時代を遡る本阿弥光悦(1558~1637)の蒔絵硯箱です。
光悦の姉は光琳の曽祖母だったこともあり
光琳は幼い頃から光悦の蒔絵や俵屋宗達の屏風に囲まれて育ち
能や書、狩野派の絵を仕込まれ、美意識を磨いていったといわれます。

重文 「樵蒔絵硯箱」本阿弥光悦 MOA美術館蔵


こちらは絵替わりの小振りな盆の一揃いです。
今も愛好されている図柄ばかりで、このまますぐに使えそうです。

「方形絵替盆」尾形光琳 MOA美術館蔵


こちらの2点は源氏物語に題材を得た、光琳の作です。

                 
         
「紫式部図」               「秋好中宮図」
尾形光琳 MOA美術館蔵


こちらは扇面に描かれた白百合の掛け軸です。
デザイン化されたユリの花の表現が素敵でした。

「白百合図 扇面」尾形光琳 MOA美術館蔵


今回の特別展には尾形光琳の作品が
掛け軸を中心に、屏風絵、小袖、硯箱にいたるまで多数集められており、
後世に多大な影響を与えた琳派の源流をたどることが出来ました。



黄金の茶室

こちらは豊臣秀吉の「黄金の茶室」の復元です。
この茶室は運搬可能な組み立て式だったそうで、
秀吉が関白に就任した翌年の1586年に御所に運び込まれ
正親町天皇に披露されたという史実から、
公家風の館にしつらえた形で展示されています。

お道具類もみな黄金色に輝いています。
どんなお茶会だったのでしょう。当時もお菓子は金粉入り?


怪しく輝く茶室の内部です。



能舞台

またこの美術館には立派な能舞台がありました。



光琳屋敷

美術館の外の日本庭園に目をやると町家風の建物が見えました。
「光琳屋敷」です。

これは光琳が晩年を過ごした京都二条新町の町屋を
光琳の後援者であった小西家に残る設計図と大工仕様帳を基に
復元したものだそうです。




この日は茶会が催されており
庭園の散策は不可で、残念ながら見学はできませんでした。
代わりにサイトの画像で簡単に見てみましょう。
以下 http://blog.livedoor.jp/torublo/archives/51507319.html より参考画像




光琳自筆の設計図。

小西家伝











光琳は1711年に京都に新居を建て、1716年に没していますが、
「紅白梅図屏風」はこの間に描かれたといわれています。



ムア広場

美術館の外にある「ムア広場」に出てみました。
先ほどメインロビーから見た相模灘に面した前庭です。





手前の彫刻はイギリスの彫刻家ヘンリー・ムアの作品「王と王妃」です。
そしてその背後は3階建ての美術館の外観です。



ちょっと曇っていましたが相模灘を一望できました。




山の上のお城は熱海城。観光施設で歴史的には実在していません。



外は幸い風もなく熱海の景観を楽しむことが出来ました。
次回は是非、閉まっていた庭園を散策したいものです。



ー続くー