20 Jan. 2014

奈良訪問 その4 TH


《唐招提寺》

唐招提寺は律宗の総本山で、薬師寺から歩いてすぐの所にあります。

ここは仏教の伝戒の師として、753年に唐から来日した鑑真(688~763年
東大寺で授戒を授ける5年間を過ごした後、戒律を学ぶ学問所を開き、
晩年の5年間を過ごした所です。
鑑真の没後8世紀末頃、弟子達により伽藍が完成されました。

参考画像 唐招提寺公式 http://www.toshodaiji.jp/about_garan.html


南大門(1960年再建)

正面の南大門は1960年に天平様式で再建されました。
門の中央の額は鑑真が授戒した孝謙天皇(聖武太上天皇、光明皇大后の皇女)の宸筆の複製で
実物は講堂内にあるそうです。



こちらも「古都奈良の伝統文化」として世界文化遺産に登録されています。


 金堂(国宝)780年頃建設

正面の南大門をくぐると、長い参道の向こうに
金堂が見えます。



 
金堂は鑑真の没後建てられました。
天平時代の創建時のものが現存している、極めて貴重な伽藍だそうです。

平成の大修理(2000年〜2009年)の際、建物に使われた木材の年輪の測定により
781年伐採のヒノキが使用され、
江戸時代まで構造部分の修理の跡が無い事がわかったそうです。

そして創建時の部材の多くが良好だったため、今回再び使用されたという事です。
金堂は造形美だけでなく、工人たちの優れた技術内容に於いても、
大きな感動を与えてくれます。

金堂正面の八本の柱の上部は「吹き放し」といって
天井や壁を設けず開放されています。建物がより高く見えます。


金堂の仏像(国宝)

金堂には9体の仏像が安置されています。

中央の本尊廬舎那仏坐像、右の薬師如来立像、左の千手観音立像はいずれも巨大で
前に梵天帝釈天、四隅に四天王立像を配置しています。
仏像の組み合わせとしては大変珍しく、他では見られないものだそうです。


                    
広目天立像                       多聞天立像

  
                                                                    千手観音立像     本尊・盧舎那仏座像    薬師如来立像 

           
                                                          増長天立像        梵天立像      帝釈天立像       持国天立像
参考画像 唐招提寺公式 http://www.toshodaiji.jp/about_garan.html





 経蔵と宝蔵(国宝)

金堂の脇の道に小さな経蔵と宝蔵が並んでいました。

 経蔵(国宝) 奈良時代
旧邸の米倉を改造したもので
唐招提寺で最も古い建造物であり、日本最古の校倉だそうです。
仏像や書状が保管されました。

宝蔵(国宝) 奈良時代
こちらは寺と共に建てられたそうです。
今回は正倉院は修復中で見れませんでしたので、ここで校倉造りに出会えてよかったです。


左の大きな建物が講堂
手前の小さな二階建ては鼓楼で、奥の細長い建物が礼堂の一部です。
それぞれを見てみます。


 講堂(国宝)760年移築

参考画像 Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/唐招提寺
講堂は760年に平城宮から東朝集殿が移築されて建てられました。
戒律の学問所としての講堂が、仏像を安置する金堂よりも先に整えられたようです。
鎌倉時代に修理されていますが、
奈良時代の宮廷建築として唯一の貴重な遺構だそうです。


 鼓楼(国宝)鎌倉時代

小さな二階建の鼓楼は鎌倉時代のもので仏舎利を納めたものだそうです。

礼堂(重文)13世紀

13世紀に長細い僧坊を改築して、鼓楼の仏舎利を礼拝する場所として使用されました。


鑑真和上御廟

この土塀の中は鑑真和上の御廟になっています。

木漏れ日の木陰を厚く覆う苔です。鮮やかなグリーンが見事でした。

鑑真和上の墓所です。

唐の高僧鑑真は遣唐使船で唐を訪れていた日本の留学僧に請われ、
正式な伝戒師による仏教の授戒制度の確立が急務となっていた日本に渡る決意をし、
11年をかけた6回の試みの末、753年に66歳で渡航を果たしました。
この時既に両眼は苦難のため失明していました。

東大寺に入った鑑真は大僧都に任ぜられ、
聖武太上天皇、光明皇大后、孝謙天皇をはじめ、多くの授戒を行った後
759年に大和上の尊称を与えられて引退し、
天武天皇の皇子の新田部親王の旧宅跡を下賜されて
唐招提寺の前身となる戒律を学ぶ学問所(唐律招提)を開き、
763年に76歳で亡くなりました。


壮絶な渡航ののちに東大寺での授戒の日々を終え
この地で過ごした晩年が偲ばれる墓所でした。


鑑真和上座像(国宝) 763年頃

参考画像:http://narabungei.blog4.fc2.com/blog-entry-42.html

唐招提寺には日本最古の肖像彫刻といわれる
「国宝 鑑真和上座像」が伝わっています。
日本の工人の作ではなく
唐から共に渡航した弟子たちによる、他に類を見ない写実的な像だそうです。

残念ながら一般公開は6月の開山忌の時だけです。
今回は鑑真没後1250年を記念して美術院で製作された模像の
お身代わり像」を拝観して帰りました。

参考画像 毎日新聞 http://mainichi.jp/feature/news/20130606k0000m040028000c.html
2013年6月に行われた「お身代わり像」の開眼法要の様子です。
美術院が製作に11年をかけたという事です。



唐招提寺には極めて貴重な古い建物や仏像が数多く伝えられており
今なお素朴な佇まいがあちこちに見られます。
今回奈良の旅で特に感銘を覚えたお寺のひとつでした。

—続く—