07 Jan. 2014


奈良訪問 その1 TH


昨年11月に奈良に行ってきました。

新幹線で京都駅に着くと、近鉄に乗り換えます。
昔興福寺と東大寺を観たぐらいで、奈良はほとんど初めてです。


大和西大寺駅で乗り換えてしばらく行くと相当広い更地にさしかかり、
真新しい大きな竜宮城の様な建物が車窓に現れて
反対車窓の遠方にも立派な宮殿が見えました。

これはかつての平城京の内裏があった平城宮跡地に
最近復元された朱雀門大極殿でした。
あっという間の事で画像が撮れませんでしたので参考画像でどうぞ。


朱雀門(1997年完成)

参考画像:http://ja.wikipedia.org/wiki/平城宮

(第一次)大極殿(2009年完成)

この二つの建物は平城宮跡のどこに建っているのでしょうか。
位置関係がわかる上空から撮った画像がサイトにありましたので
ちょっとお借りしました。


参考画像 http://mainichi.jp/graph/2012/10/16/20121016ddf041040011000c/001.html

大極殿はこのように平城宮の北の端に位置し
都の中心施設として天皇の即位などの国家的儀式の際に使われました。
朱雀門は平城宮の南正面に建ち、大極殿との距離は約800mでした。
上の画像で分るように近鉄奈良線の線路は朱雀門の傍を東西に横切っています。



参考画像 http://bluesky-green.blog.so-net.ne.jp/2010-10-04
朱雀門から大極殿を見ると、こんな風なんですね。


平城宮跡 案内図

参考画像 http://www.kkr.mlit.go.jp/asuka/heijo/access/more.html

現在このように平城宮跡のほぼ全域が線路を除き、更地で保存されていますが
平城京が市街地化している事を考えれば驚くべき事だと思ってしまいます。
サイトで調べてみると、これは幕末に始まった平城宮研究と
その後の跡地保存への官民の努力によるものだそうです。

平城宮の正確な建物の位置の推定は、
当時新天皇が即位する度に建て替えが行われて遺構が複雑になっていたため
長い期間の発掘調査を必要としたそうです。
こうして大極殿は二箇所の遺構が発見されたので、一次、二次と名がついています。
また、跡地の地下にはまだ遺物が埋まっているそうです。


平城京(710年遷都)

参考画像 http://www1.kcn.ne.jp/~souu/asiato-box/razyoumon.htm

平城宮は唐の長安に倣って平城京の北の端に位置しています。
その入り口の朱雀門と平城京の南の入り口の羅城門は
広大な朱雀大路で一直線で結ばれていました。

今回訪れたいくつかのお寺の名前も平城京の地図の上に観られます。

今回の旅ではこうして奈良駅に着く前に
平城宮の遺跡に出会う事ができて大変興味深かったです。

Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/平城宮
国営平城宮跡歴史公園: http://www.kkr.mlit.go.jp/asuka/heijo/histry/what.html
平城宮跡クイックガイド: http://heijo-kyo.com/guide.html
  

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程なく奈良公園にやって来ました。イメージ通りの鹿がいました。
目指す建物も見えています。



第65回正倉院展が開かれている奈良国立博物館です。
毎年開かれているそうですが、初めてやって来ました。


さすがにすごい人気です。まずは並ばなくては。


《正倉院宝物》

正倉院宝物はシルクロードや中国の影響が色濃い聖武天皇の遺品を
756年の七七忌の際に光明皇后が東大寺大仏に奉献したのが始まりで
後に儀式の法具や貴族の宝物の奉献も加わり
9000点にのぼるそうです。

1181年の

平重衡

による南都焼打の際にも焼失を免れ、
その後1000年以上東大寺の管理下にありましたが
1875年に国の管轄となり、やがて宮内庁の所管となったそうです。

現在宝物は近くに建設された二つの宝庫にすべて移され、
従来の校倉造りの正倉院は「古都奈良の文化財」東大寺の一部として
ユネスコ世界文化遺産に登録されています。


参考画像 http://ja.wikipedia.org/wiki/正倉院

正倉院展には毎年、70点程が出展されているそうです。
会場はもちろん撮影禁止ですので、気に入った名品を7点ほど参考画像で簡単にレポートしました。


漆金薄絵盤(うるしきんはくえのばん)

仏前で焚く香木を載せる台です。
ヒノキを蓮の花びらの形に加工して放射状に並べたものを4段重ねています。
漆と金箔の上に極彩色で花喰鳥、飛天、唐花等が描かれています。
径57cmと大変存在感がありました。


平螺鈿背円鏡(へいらでん・はいのえんきょう)

聖武天皇遺愛の銅鏡の背面の装飾です。
琥珀の赤と南洋産の螺鈿(らでん)の白で花と鳥を表現し
細かく砕いたトルコ石とラピスラズリで隙間をびっしりと埋めています。


                       


鹿草木夾纈屏風 (しかくさき きょうけちの びょうぶ)

鹿と草木を染めた布で作られた屏風の一部です。
夾纈(きょうけち)というのは布の片側に模様を染め、
中央で二つ折りにして板に挟んで締めて左右対称模様に仕上げる技法です。



このように樹木や草花を挟んで両側に動物が向かい合う模様は
対獣文と呼ばれ、中国や西方に多く見られるとの事です。


彩絵長花形几 (さいえの ちょうはながたき)

仏前への供え物を載せる台です。
台の足の彩色は暈繝(うんげん)模様と呼ばれ
大陸から伝来したものです。


白檀八角箱

シンプルで現代的にも見える工芸品です。


蘇芳地金銀絵箱 (すおうち きんぎんえのはこ)

献納用の箱です。細かい花鳥の模様が大変美しかったです。
箱の下に付いた台座は、畳を摩擦から守るためのものです。


檜和琴 (ひのきのわごん)

楽器としてだけでなく、工芸品として大変洗練された形で素敵でした。

今回初めて正倉院展を見ましたが
どれも大陸の雰囲気を伝えつつ
当時の技術の粋を集めた素晴らしいものばかりでした。
奈良まで観に来て本当によかったです。

参考サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/正倉院
 http://shosoin.kunaicho.go.jp
http://so429.exblog.jp/19881279/


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お昼にミュージアムカフェで食べた正倉院展記念薬膳弁当です。
毎年この中華のお店が作っているそうです。普通?の味のお弁当でした。


こちらは博物館の庭園での野点です。


ゆったりした明るい庭園でした。



—続く—