17 April 2014


早春の京都旅 銀閣寺  TH

2日目の今日は開門時間の早い銀閣寺からスタートです。
まずは家庭的朝食を済ませました。
お米やお味噌、お豆腐のお味がいいんです。



タクシーの運転手さんに「銀閣寺へお願いします」というと
「シルバーのほうですね。ゴールドやないですね。」と言われました。
間違える人が結構いるので念のためだそうです。


《銀閣寺・慈照寺》


銀閣寺(慈照寺)は金閣寺(鹿苑寺)と共に、相国寺(臨済宗相国寺派総本山)の塔頭です。
室町幕府8代将軍足利義政(1436〜1490)が
祖父の3代将軍足利義満(1358〜1408)の建てた山荘北山殿に倣い
1482年から東山に造営した東山殿
義政の死後、法名の慈照院にちなみ東山慈照寺となった(1490)のだそうです。


足利義政 土佐光信筆 室町時代 東京国立博物館 参考画像(Wikipedia)

義政は将軍後継争いに端を発した応仁の乱(1467〜1477)の
末期の1473年に、息子の義尚に将軍職を譲り
引退後は幕府の権威回復や、戦いに疲弊した京都の復興に関心を向ける事無く
東山殿や銀閣の造営に財力を傾け、
庭師、絵師、能楽者等を召し抱え、書画や茶の湯に親しみました。
こうした将軍個人の趣味生活が侘び寂びの高尚な東山文化を結実させました。


銀閣寺 境内図

                        銀閣寺パンフレット


こちらが銀閣寺(慈照寺)入口。つきあたりは総門です。
早くから門前のお掃除をする方がいました。

参道は銀閣寺垣と呼ばれる見事な大刈り込みの生け垣です。



庫裏(くり)

境内に入るとまず大きな庫裏が建っています。
庫裏は僧侶が居住するところで
食事を調理するために天井が高く造られています。
寺務所も置かれていました。


観音殿(銀閣)国宝 1489年上棟 室町時代

庭園に入るとすぐに銀閣が建っています。

銀閣は木造2階建ての楼閣建築です。
屋根は宝形造りで、薄板を用いた柿(こけら)葺きが施され
屋頂には銅製の鳳凰が置かれています。

2階の潮音閣内部は禅宗仏殿風です。  参考画像
板敷きに観世音菩薩像を安置し、壁には花頭窓が配されています。
創建当初、内外は黒漆塗りだったそうです。

1階の心空殿内部は書院造り風です。  参考画像
庭園を一望出来る板の間や八畳の仏間があるそうです。


侘び寂びを体現する有名な建物にいきなり出会えて感動です。


向月台と銀沙灘 1615年頃 江戸時代初期

白砂の幾何学的な造形物は向月台です。
意表を突く形ですが、砂という材質のせいか違和感はなく
伝統的な庭園がさらに洗練されて見えます。
名前は月光のもとでの鑑賞が考えられていたのでしょうか。

波紋を付けた砂地は銀沙灘(ぎんしゃだん)です。
向月台との対比は斬新ですが
建物と不思議に調和していました。

銀閣の二階から見下ろすとこんな風に見えるそうです。   参考画像



宝処関と花頭窓(かとうまど)

宝処関は貴賓客を迎えるため庭先に設けられた玄関で
白壁に屋根付きの小さな門と花頭窓と腰掛けがしつらえてありました。

花頭窓で切り取られた銀沙灘です。
花頭窓は中国からの伝来で、元は禅宗のお寺のものでしたが
次第に広く用いられるようになったそうです。


方丈(本堂)1624〜1644頃 江戸時代初期

方丈は本堂、客殿、住職の居室を兼ねるものです。
ここでは銀沙灘が前庭となっています。

方丈には文人画を大成させた
与謝蕪村池大雅の襖絵があるとのことです。

「棕櫚に叭叭鳥図」与謝蕪村(1716~1783)  参考画像

「琴棋書画図」池大雅(1723~1776) 参考画像




東求堂(とうぐどう)(国宝)1486年 室町時代

方丈の東隣に建つ東求堂(国宝)です。
一重の入母屋造り、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)で、
銀閣と並び室町時代創建当時の貴重な建物です。

                              参考画像(Wikipedea)
約7m四方の小さな建物で周囲に縁側が廻されています。

義政の持仏堂として建てられたそうですが、
仏間以外は畳敷きで住宅建築の要素が強く
四畳半の同仁斎は義政が日常的に使用したということです。

東求堂 見取り図

                                       参考画像
足利義政が晩年に愛した究極の四畳半、同仁斎です。
東求堂の北東の角に位置しています。

北側の壁には自ら茶を点てて来客をもてなすための
茶の湯の道具を置く違い棚が取り付けられています。

またその横には障子からの光で読み書きをするための付け書院が並び
書斎としても使われました。

この部屋は最古の書院造りといわれ
近代の日本の居室の源流とされています。
またこの四畳半の広さが後世の茶室にも取り入れられたそうです。

現代の日本間として見ても簡素で心地よく
全く違和感はありませんね。

小振りながら大変心惹かれる建物でした。
特別公開の際に是非内部を拝観したいものです。



展望所へ

山から流れ出た湧き水が左側の小さな滝となり、
銀閣の東に広がる錦鏡池に流れ込んでいます。
水面に映る月をさざ波で洗うと伝えられている洗月泉です。


裏山の展望所への山道の途中です。
手入れの行き届いた順路と垣根。

途中に「義政公お茶用の湧き水」のお茶の井がありました。
ここは室町時代の創建当時の石組みとのことです。


だいぶ登って来ました。

上から見下ろす銀閣です。
どこから観ても形の良さが際立っています。

お寺の全景が視野に入って来ます。

遠く市街地も見渡せました。

下り坂です。

今度は池の対岸に降りて行きます。

池の対岸から観た銀閣も格別ですね。

銀閣寺の庭園は池泉(ちせん)回遊式庭園と呼ばれ
銀閣の東側に配された錦鏡池(きんしょうち)の周囲に路を巡らしたもので
国の特別史跡・特別名勝に指定されています。



*****

《哲学の道》

このあとは哲学の道をたどって次のお寺まで歩きました。

読みにくいのでアップでどうぞ

思わぬところで出会った「よーじや」の山荘風のお店。
京都の化粧品と甘味のお店で、羽田空港にも出ていますね。

和菓子の叶匠寿庵は軽いお食事処を出していました。

ちょっと渋い風景も

毎年梅の後は桜で大賑わいになるそうです。
今は行き交う人も少ない哲学の道でした。


参考サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/慈照寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/足利義政
http://homepage3.nifty.com/chata270714sh/ryokou/tabi13.htm
このほか一般のブログサイトからも画像をお借りしています。