08 Nov. 2013


秋の上野 美術館巡り TH


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その2「京都 洛中洛外図と障壁画の美」国立博物館平成館


次は上野公園内の国立博物館の平成館にやってきました。
この日はボストン美術館展の時のように長時間外に並ぶ事も無く、スムーズに入場出来ました。




《洛中楽外図》

「洛中楽外図」は当時の日本で大変流行し、多くの作品が残されているそうです。
今回は国宝や重文に指定された7作品全部が、前期と後期に分かれて展示されるとのこと。
どれも金彩を背景に都の姿と当時の権力者の繁栄や民衆の生活が詳細に描かれています。

会場では狩野永徳(1543~1590)が描いた国宝「上杉本」(左右一対)が、
室町時代と、製作が古いのにもかかわらず
画材や保存がいいのか、ひときわ金彩が美しく目を引きました。
これだけが国宝に指定されています。
「上杉本」の名の由来はこの屏風が天正2年(1574年)に織田信長から上杉謙信に贈られ、
以来米沢藩上杉家に伝えられている事によります。


         国宝「洛中洛外図屏風」上杉本 室町時代・16世紀 狩野永徳筆 上杉博物館  参考画像          


当時の実在の建物や人物等もエピソード風に詳細に書き込まれているのが特徴なのですが
残念ながら当日は屏風の前にぎっしりと人垣が出来ていて、遠目にはわかりませんでした。
下記の参考画像で細部をご覧下さい。

   

   



《御所の障壁画》

京都御所の障壁画は狩野派をはじめとする絵師達により描かれました。
中国の仙境や賢人等に題材を求めたものが多く、王権を典雅に表しています。
今回は後年京都の寺院に移されたものが展示されています。

仙洞御所を飾っていた、狩野永徳の重文「群仙図襖」です。
現在は南禅寺が所有しています。

重文「群仙図襖」狩野永徳筆 安土桃山時代・1586年 南禅寺 参考画像


御所の紫宸殿の玉座周辺にあった狩野孝信の重文「賢聖障子絵」
現在は仁和寺にあります。

重文「賢聖障子絵」江戸時代・1614年 狩野孝信筆 仁和寺 参考画像



《龍安寺襖絵》

会場に入るとまず、
一年がかりで撮影された、龍安寺石庭の四季の移り変わりの映像を、
幅16メートルのフルハイビジョン4K大画面で見れるようになっていました。

春の花びら、梅雨時の雨、紅葉の木々、真冬の小雪が
空気感まで伴って映し出されて
これこそ現代の障壁画!と思いました。

                                                             参考画像             

春の枝垂桜の頃の龍安寺石庭はこんな風です。

                                           参考画像


残念ながら龍安寺の襖絵は一部海外流出していますが
今回はメトロポリタン美術館やシアトル美術館からの里帰り作品も加わっています。

「群仙図襖」江戸時代・17世紀 龍安寺蔵 参考画像


龍安寺「列子図襖」 江戸時代・17世紀 メトロポリタン美術館蔵 参考画像


龍安寺 「琴棋書画図」 江戸時代・17世紀 シアトル美術館蔵 参考画像



《二条城》

最後は狩野派の絵師達によって描かれた絢爛豪華な二条城の障壁画の数々です。
大広間の床から天井までの壁面一杯に描かれたものがそのまま展示されており
圧倒されました。

                                    参考画像


二の丸御殿 大広間の「松鷹図」が大変印象的でした。
作者狩野探幽(1602〜1674)は狩野永徳の孫で天才だったとのこと。
この絵は25歳の作品だそうです。

重文「松鷹図」狩野探幽筆 江戸時代・1626年 二条城 二の丸御殿 大広間 参考画像



また、下記の「桜花雉子図」が描かれた二の丸御殿黒書院は
将軍が譜代大名らと対面する場であり、桜や牡丹、菊が咲き誇る場面が描かれているそうです。

重文「桜花雉子図」狩野尚信筆 江戸時代・1626年 二条城 二の丸御殿 黒書院 参考画像


この絵がある黒書院の障壁画は下記のような配置になっています。
上記の「桜花雉子図」は右下に見えます。

二条城 二の丸御殿 黒書院二の間 参考画像


そしてこの黒書院の障壁画は1867年の15代将軍徳川慶喜の大政奉還を描いた
聖徳記念絵画館(大正15年竣工)壁画にも描かれています。

 「大政奉還」 大正時代・1925年 邨田丹陵 聖徳記念絵画館 参考画像



今回一堂に集められた屏風や障壁画は量質共にさすがに壮観でした。
やはり次は京都へ行って建物の中に身を置いて観たいものと感じた次第です。

—続く—