26 Aug. 2013

今年のお盆はどこにも出かけませんでしたのでリポートも出せないでいました。

そこで2002年の8月に徳島の阿波踊りを観に行った際の、亡父の紀行文をちょっと借りてきました。

夏休みの宿題を親に書いてもらうような心持ちですが・・・。

宜しくお付き合い下さい。(TH)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「阿波踊り見聞記」2002年(平成14年)82歳時 TH父
 
 
「今年は阿波踊りを観に行きましょうよ」と家内が言い出したのは、六月の梅雨の頃だったであろうか。
 
「冗談じゃないよ。宿も桟敷席も一年前から手配しなけりゃ取れないらしいよ。夜行バスで走る旅行社の
 
ツア-は、俺達には無理だし、あきらめた方がいいよ」と返事をしたが、敵もなかなかしつこい。
 
私が体調を壊して以来、すっかり老け込んだ事に気を使っているのだろうか。
 
「元気を出して下さいよ。とにかく調べてみますから」ということになってしまった。
 
 
 徳島の観光協会に問い合わせてみると、詳しく教えてくれたので、その指示通りに葉書で入場券を
 
申し込んだところが、何とした事か、大勢の希望者があったらしいのにくじが当ってしまった。
 
そうなると次の問題は旅館の手配である。片端から電話してみると何処も満員で、にべもなく断られたが
 
「たまたまキャンセルの部屋があって之を確保しました」と、家内は得意満面である。こうなるともう
 
しぶしぶ乍ら腰を上げざるを得ない。
 
 
 八月十四日。午後の暑い日射しの中を徳島駅に降りて、ホテルとは名ばかりの宿に着いた。駅の正面の
 
眉山の麓で、願っても無い便利な場所であるが、お寺が立ち並ぶ寺町通りで、部屋の窓から下を眺めると
 
周りに見えるのはお寺の屋根とお墓ばかりである。「同行二人」と白衣の背中に書いた巡礼さんになった
 
様な気分で、思わず苦笑した。
 
 
 夕刻に夕立がさっと通り過ぎて天候が心配されたが、市内最大の会場という藍場浜の桟敷席に座った頃
 
には雲も切れて、入場門の真上に美しい虹がかかり、満員の観客が天空を見上げて感嘆の声をあげた。
 
定刻六時三十分にアナウンスが開始を宣言すると、一斉に鳴り物の演奏が響きわたり、掛け声と歌声で
 
踊りが動き始めた。実に水際立った見事な演出である。
 
 
 先頭の高貼り提灯が「連」の名を掲げて進み、男踊りの連中が力強い達者な踊りを繰り広げる。
 
左右の手足を互い違いに前に出す普通の歩みではなく、右足を前に出す時は右手を前に掲げるので、
 
その結果体は左に開くという変則的な動き方である。こうして右に左に体を開きながら踊り進むのである。
 
これは相撲の時に、相手の体を左右の手で交互に押しながら前へ出る足の運びと同じで、腰を低く落して

構えながら進み、腕は肩の線より上に掲げ、団扇をくるくると操って舞い踊る。屈強の男ならではの

踊りである。
 
 
 一方女性軍は鳥追笠に揃いの衣装で、明るい群舞を見せてくれる。「夜目遠目笠のうち」という言葉

そのままに、あでやかで美しい姿は何と言っても阿波踊りの花形である。まだ中学生の女の子でも

この衣装で鳥追姿になって色っぽい踊りに溶け込むので、会場を圧する迫力となって観客を引きつける。



 鳴り物は、鐘・笛・三味線・大小の太鼓という二十人前後の集団であるから、之に桟敷からの応援の

拍手歓声も加わって、会場は耳も潰れんばかりの大変な騒ぎである。第一番の「連」が広い踊り場を

踊り抜くと、直ちに息も継がせず第二陣が続いて押し寄せて来る。テレビの画面などではとても感じる

事の出来ない物凄い迫力である。


 阿波踊りは所作も音楽も単調なものだから、1~2時間の見物で切り上げて、あとは夜店をひやかし

乍ら帰ろうと考えていたのに、最後まで延々と4時間の見物となってしまった。 さすがに疲れたが、

眠りにつくまで、耳の奥に鳴り物の音が離れなかった。


 明くれば八月十五日、時間はゆっくり取れるので、阿波踊り会館で実演を観た後、阿波十部兵衛屋敷で

人形を観る事にした。吉野川の長い橋を渡った所に屋敷が残っていて、浄瑠璃の人形が展示されている。

運良く実演の時間だったので、「巡礼お鶴」の上演を観る事が出来た。


 帰りはタクシーで徳島駅へ向かったのであるが、中年の運転手さんが地元の人で、色々と阿波踊りの

話が弾んだのは嬉しいことであった。

 __貴方も若い頃から随分踊ったのでしょう、と水をむけると

「ええ、そうです」と話に乗って来た。

「地元の子供は小学生の頃から運動会などの時に踊るので、よく稽古をしたものですよ。

小さい頃からやった人の踊りは上手下手はあっても、私たちが見ればすぐわかります。」

 __阿波踊りの期間は、仕事を休んで踊りに出たらいいのに、とけしかけると

「踊りたいけど、かきいれ時で忙しいから、休んだら会社に叱られます」と大笑いである。

 __何処かの「連」に入っているのですか。

「いや、あの人達はセミプロですよ。盆が終わったらその日から、来年の相談と稽古です。そしてあまり

人が増えると運営や統制が難しいから制限しています。なかなか連のメンバーにはなれませんよ」

 __腰を落として手は肩の上にかざしたままでよく続くものですね。

「やはり稽古で鍛えていますから。しかし会場では小休止もありますし、踊っていても八割から七割に

調子を落とす事も出来るので、見物の人には解らぬでしょうが、私たちは見ていてすぐに解ります」

 __踊っていて一斉に右や左に向きを変えたり、掛け声と共に同じ姿勢で停止したりする合図は、

観ている方には見抜けなかったですよ。

「高張り提灯が一番前で、皆に見えるからこれの動きで合図するのですが、指揮する人が色々工夫して決めて

いるようです。鐘も合図に使いますが騒音の中では聞こえない事もありますし、要は練習の積み重ねで

歯切れのいいきびきびした踊りになるんです」

 阿波踊りは何と言っても鳥追笠の明るい軽やかなリズムに乗った群舞であるが、あれだけの人数が

前後左右の間隔を詰めて一糸乱れず踊り抜くのを、見物人も思わず来年も又観に来たいと思うのであろう。


 そしてもう一つ満場の注目を浴びた情景があった。それは女性集団のすぐ前で踊るひとりの幼児の姿である。

時々振り返って距離をとりながら進む足どりを見ると、年齢はまだ二歳未満ではなかろうか。手をかざして

踊りながら懸命に足の運びをリズムに合わせようとしている。小さいながらも体に合わせて仕立てられた

揃いの法被を着込んで、紅白のねじり鉢巻きを締めた出で立ちは、きりりとして立派なものであるが、下は紙おむつ

だけである。桟敷席から拍手と歓声があがると、その方向を振り向きながら踊り進む。


 女性軍団をリードしつつ、観客の拍手歓声を意識しつつ踊る姿は、正に堂々たるプロの踊り手の貫禄であった。

この子が大きくなったら、きっと「連」の指導者になり、町内の中心人物となって、阿波踊りは次の時代へ

受け継がれてゆくのであろう。実に楽しい思い出の旅行であった。