28 Aug. 2015

スリ、スリ、スリランカ(その2シギリヤロック編)

Wikipediaで調べたら分かるのですが、日本との関係は1952年に国交成立しており
1921年には昭和天皇、1981年には現天皇(当時は皇太子)がスリランカを訪問されています。

これはあまり知られていないかもしれませんが、1951年のサンフランシスコ講和条約
にはセイロン代表としてジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ大統領が出席、
「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」
(hatred ceases not by hatred,but by love)という仏陀の言葉を引用、対日賠償
請求権の放棄を明らかにすると共に日本の国際社会復帰を求め、日本の国際社会への道筋を作りました。

これが無ければ今頃日本も植民地化されていたかも知れませんね。
ということで昔から日本とは深い縁がある国です。

今回は少し格調高くなったかな? んで、レポートの続きです。

今回は目玉のひとつ、シギリヤロック編です


シギリヤ(世界遺産です)に着いたら緑の林の中に忽然と現れます


ここは標高370m、岩そのものの高さは195mあります、明日は頂上を目指します


ホテルに着きましたが正面に見えています


ホテルも立派です


食堂もテラススタイル


夜は満点の星空が(普通のオマカセで手持ちで撮りました)


翌朝です、恥ずかしながらのツーショット


お花も歓迎してくれます


部屋はこんなロッジ風


部屋から中庭を


もう一度全体像を、登り口は反対側のようです


ミュージアム


日本の協力が入っています


立派な建物ですが中は撮影禁止(日本のせいでしょうか?)


こんな切手知りませんでした


ここでチケット


ここはお城でした、外堀になります


前庭には沢山の遺跡が残っています(現在も発掘中)


いよいよ向かいます。ここの城は5世紀に作られたものですが、495年に陥落し
その後仏教の修験場として使われていた。


階段の始まりです、全部で1200段、、、大丈夫かしらん?(約40階建てのビルですね)


大きな岩の入口。お城の防御も充分でしょう


目の前にロックが迫ります 


半分ほど来ました。ふうーーーッ


何やら急な階段が


こんな所を登ったら


これがシギリヤレディ、築後1400年経った1875年に発見されました。


世紀の物とは思われず、綺麗に残っています。


全部で18人が残っていますが、初めは500人が描かれていたそうです










こんな感じの洞窟です


ここも記念に


これはミラーウオール、そんな昔にこれだけ綺麗な壁が


天気は最高、青空が歓迎してくれます


岩がオーバーハングしています


また何やらきつそうな階段が


ライオンテラス、元はライオンロックと言われ頭部もあったようです。今は足だけ残っています。


この階段を!!ガンバロー!!


リンダママが奮闘中。実はヘルパーが居て2千円で押したり引っ張ったりで手伝ってくれます。
(リンダママは独力踏破!)


やったああああ!!の図。褒めてあげましょう。


見晴らし最高


岩の頂上にも遺跡が多数






セルフタイマーで撮ってたのでお手伝い


小さく象の入浴シーン


これも小さく宿泊のホテル


暫し遺跡をご覧ください。


マチュピチュにも負けていません








先ほどのライオンテラスです。リンダママも一息。


下りは少し楽でした


これは蛇岩、鎌首の下です。


おみやげ屋さんのオネーチャン


毎日がこんな食事でした、決してオススメは出来ません。


ここでホテルとは書いてありますがレストランや街中のお店もホテルの表示でした


そこのレストランのオネーチャン


これは車の中からですが、野生の象の親子が5頭見えました。


スタートは格調高かったのですが、結局同じスタイルで、、、、、、、

だらだらと、続きます。