15 Jun. 2010

「西欧紀行 ポルトガル編〜あと少し残りあります」

京都のリンダです

皆さんの暖かいご声援や編集長の叱咤で長丁場のレポートもやっとここまで来る事が出来ました。
ご覧頂いた方には心から御礼申し上げます。

ポルトガルは日本と縁もありスペインよりも国民性も大人しいようですので親近感はありました。
ただ1日半の滞在の為イワシサンド、カステラの原型を食べ損なったこと、市電・ケーブルカーに
乗れなかった事等々後ろ髪(もうあまり有りませんが)をひかれる思いです。

ここではスペインのひまわり畑の代わりにジャカランダの花が迎えてくれました。

今はワールドカップ真っ最中ですが今回の行き先はオランダ・スペイン・ポルトガルと強豪国の旅、
それからグラナダのジプシーフラメンコでは隣り合わせたオバサンはアルゼンチンからと言うことで
今私の中ではWCがブームです。


8日間のバス旅行のドライバーと。
バスもドライバーもポルトガルからでした。実は彼は昨日セヴィージャのホテルに行く時に道に迷ってしまい〜
高速の出口を間違ったようです〜1時間ほど悪戦苦闘(汗びっしょり!!)してやっとたどり着いたのです。

ホテルで彼にビールを一杯ご馳走してあげましたが大変喜んでいました。
これはポルトガルに入って最初の休憩でしたが途端に元気になりました。

そこのドライブインの冷蔵ケースですが
こんな所までイワシ・アジ・真ん中はエボダイの仲間?たぶんその場で焼いてイワシサンドとか.....

エヴォラ(ここも世界遺産とか);
ユリウスシーザーの頃からの町らしくローマ時代(”ローマ人の物語”で言う遠いスペイン)→イスラムのスペイン時代→
ポルトガルと言う変遷をしたようです。ここも狭い道と坂が多く直ぐにマウンテンバイクに乗った警察が!!

カテドラル;ここは伊東マンショの天正遣欧使節団が訪れたそうです。

その中

ディアナ神殿;
これもローマ時代のものでアウグスツスが祭られたとの事。

近くの公園のしたにはポルトガルおなじみの
ニワトリさん(マカオにも有りますよね)の模様が

またまた突然ですが
(インドを思い出すような)孔雀発見!!!
それも男用トイレのドアの上に!!話を聞くと裏の家で放し飼いで飼ってあるそうな....紛らわしい!!
プンプン!!

その日の夜は民族舞踊とファドのショーでした。
アマリア・ロドリゲスとは行きませんでしたが、、、、

ポルトガルで食べたシーフードリゾットです。

その店のウエイターでワインを
頼んでグラスの半分で止めようとしたので”ムーチョ・ムーチョ”と言ったら満々と入れてくれました。
何かなつかれた様で手に持っているタバスコを一瓶くれました。

リスボンの夜。
電車の軌道がライトに光って、何だか演歌の雰囲気。

翌朝 散歩に行ったら、ここでもスマート大活躍??
何処に行っても男は!?

ベレンの塔:
ここからバスコダガマが世界一周に出港。
ここでは東京から来たTVの撮影クルーが居ました。”南蛮菓子の特集”とかで金沢のパティシェ
(有名とカミサンが言っていました)と落語家が案内役でした。

発見のモニュメント;
コロンブスとかポルトガル全盛期の大航海時代を記念したものです。

ジェロニモス修道院と路面電車。
ここには前出ガマさんの棺が有りました。





ジャカランダの花が満開でした。
南アメリカや南アフリカの花だそうです。
並木道もあり大変綺麗でした。伝言板に書いたひまわりの畑を帳消しにしてくれました。
(日本では宮崎とかにもあるとの事)



リスボンの街。

これも。見えにくいかもしれませんがケーブルカーがビルの間に。
リスボンは坂が多くケーブルカーとかエレベーターとかが市民の足に使われている。

ロカ岬(ヨーロッパの最西端)。
花も綺麗でした。
ここは”深夜特急(沢木耕太郎)”の到達点として記憶がありました。





シントラ(ここも世界遺産だと)の王宮、
二つの大きな塔は厨房の煙突です、工房厨房も??

山の上のムーア人の城址(7〜8世紀の頃)

シントラの街

広場はもう夏!!半分裸ですな?

西欧紀行( ポルトガル編last)

長い長ああああいレポートもやっとオ・シ・マ・イです。

ポルトガルはイワシの焼いたのと干しダラの料理。こ
れはタラの方です、味は?んんんんん?でした。イワシは食べたかったのですが時間切れ、悔しい!!

飛行機からのリスボンです、
ここからアムステルダムで乗り換え関空へ。お疲れ様でした、

皆様にはダラダラとお付合い戴き有難うございました。

そうだ、ポルトガルのお土産を忘れていました
                                        (但し男性用)ホテルのプールで見かけた美女

The END!!!